本書のタイトルに使われている「文化誌」という言葉を勝手に解釈してみると、ある事柄についてのトリビアを、愛を持って書物のレベルにまでしたというほどのことであろうか。本書の著者はフランス人の化学者なのだが、その並々ならぬ柑橘類への愛をこの一冊に結実させている。もちろん柑橘類とはオレンジやレモンのことだ。本書によれば、世界の柑橘生産量は年間1億トン。数千種が確認されているほどの柔軟な遺伝子を持つ植物だという。
紹介されているトリビアは柑橘類の由来、ヨーロッパやアメリカ大陸への移植史、産業としての柑橘類栽培と商品化、柑橘類に含まれる化学物質、神話や文学、絵画の中の柑橘類など、およそ柑橘類にかんするあらゆる事柄が網羅されている。
その膨大なトリビアの合間に「スズキのタンジェリンソース」や「フェイジョアーダ」など垂涎の料理レシピが挿入される。食にこだわりを持つフランス人ならではの文化誌に仕上がっているのだ。
このたぐいの本では、自明のこととして取り上げられていることに驚くことがある。本書でも、紅茶のアールグレイにはベルガモットの香りをつけてあること、パリのオランジェリー美術館のオランジェリーとはオレンジ農園から派生していること、床のワックスにも使われるリモネンはメントールを合成するための材料であることなど、知っている人は当たり前だと思っていても、知らない人のとっては目から鱗のようなことが記されている。
本を自己研鑽や実利的な知識を得るために読むことの多いビジネスマンにとって、このような博物学的な書物は苦手なジャンルになるかもしれない。しかし、秋の夜長にオレンジワインでも飲みながら、悠久の歴史を柑橘類とともに遡る旅もまた一興であろう。オレンジワインの作り方は本書に詳しい。