著者の肩書が「作家/博物学者」となっているのは世界広しといえど、荒俣宏くらいなものだろう。そして、それが誇張でも過大でもないことを本書をもって再確認できるであろう。フリーメイソンに関する、信じがたい量の蘊蓄を、思いつくままに、さらさらと気軽に書いたという感じなのだ。ただし、読み手はそれなりの覚悟がないと、手に余ることになる。
4部構成の第1部の見出しはあっさりと「フリーメイソンの歴史」だ。ランダムにページを選んで、要約してみよう。いかにとんでもない量の蘊蓄がつまっているかおわかりになるであろう。たとえば78ページ目だ。
ジョン・ディーやフランシス・ベーコンらのイギリスの進歩的な「マグス」から吹き込まれた、「新しい知の集団による世界改革」の大プロジェクトがあった。薔薇十字団という架空の組織を、フィクションから現実へと移し変えたのだと、著者は推測する。ところで、イエイツは『薔薇十字の覚醒』の中で薔薇十字団の源は1つのイタズラから始まったのであり、アンドレーエが『化学の結婚』というファンタジーを出版した裏には、イギリスで発展した新しいタイプの演劇が影響しているという意見を持っていた。
こんな調子で270ページを疾走するのだ。最終部の第4部はフリーメイソンの象徴と暗号についてだ。この4部全体は5章で成り立っている。それぞれ「シンボルと『純粋知性科学』」「フリーメイソンの儀式とシンボリズム」「エジプトと古代ギリシャの影響」「シンボルの種類と意味」「象徴寓意学とフリーメイソン」である。普通の新書は「章と節」でなりたっているのだが、本書は「部と章」である。実際、さもありなんの情報量なのだ。
著者は意外にもダン・ブラウンの小説『ロスト・シンボル』を意識している。読者にたいして『ロスト・シンボル』を読むときには「純粋知性科学」というキーワードを知るべきだというのだ。そして、その意味がわかれば『ロスト・シンボル』に隠されたもう1つの「コード」を解明できるだろうという。これは大変なことになってきた。小説を楽しむために、とてつもない量の勉強が必要になってきたようである。本書はその入門書であり、読了に半月はかかる代物である。まずは『ロスト・シンボル』を読むほうが手っ取り早そうでもある。