なにわのおばはんおそるべし 『わたしは菊人形バンザイ研究者』

2012年11月25日 印刷向け表示
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わたしは菊人形バンザイ研究者

わたしは菊人形バンザイ研究者

  • 作者: 川井 ゆう
  • 出版社: 新宿書房 (2012/10)

  • 発売日: 2012/10

一冊もご本を読んだことはないのであるが、出久根達郎さんが好きである。どうして好きなのかというと、『世にも奇妙な人体実験の歴史』 の朝日新聞・書評の最後に「軽妙な訳文が読みやすく、仲野徹の解説も要領よく秀逸である。」とお誉めいただいたからである。ご本を何冊か読んでからお礼状をと思いつつほったらかしになっているので、ここにお礼を申し上げたい。と書いたところで、意味はなさそうだけれど。

その出久根さんが、同じく書評の最後に「本書は堅苦しい論文でなく、漫文調研究入門書、老いも若きも大いに楽しめる。ゆえに珍本。」と絶賛されたのがこの本だ。朝日の書評でとりあげられた本なので、すでに周回遅れなのであるが、じつにおもしろかった。ここは一発、出久根さんの書評とはまったく違った角度から紹介させてもらいたい。

日本で唯一の菊人形研究者である川井ゆうさん、文字通り渾身の力をこめた一冊である。論文にはかけないことを書いた、というだけあって、ご気楽に、菊人形の歴史から作り方まで、そして、関連分野として、蝋人形などの等身大人形のことなども、楽しく語られている。が、おもしろいのは本の骨子であるこれらの内容だけではない。合間に語られる ― というにはかなりの分量なのであるが ― ご自身のこと、研究の進め方、さらには、この本全体の書き方が抜群におもろいのである。ひとことでいうと、つっこみどころ満載なのである。

いきなり、自分がいかに「小心」であるかが強調されている。私がそうだからよくわかるのであるが、だいたい、ほんとうに小心な人は自分のことを小心であると強く主張したりはしない。それに、小心な人が、こんなにおもしろおかしく、自分のことを赤裸々に、たとえば、どれだけカメラの常識がなかったか、などを楽しそうに語ったりするはずがない。

小心ではないと思われる証拠をひとつ。菊人形の歴史について、資料を詳細に解説し、こじつけに聞こえるかもしれない、と、ことわりながらも自分の説を思いっきり主張する。そして、

“強引ですか。 -中略―

やはり強引ですか。 -中略―

読者のみなさま、いかがでしょうか。”

はっきりいって、強引です。しかし、なんか、その書き方がむちゃくちゃかわいらしいのだ。そして同時に謙虚なのである。

“学会や講演では、わたしが質問にこたえるまえに、よく助け舟がだされる。

よほどわたしはたよりなくみえるらしい。 -中略-

わたしはたよりないので、たよりなくみえるのである。”

いや、ひょっとしたら、謙虚というのは誤解かもしれない。ひらきなおっているだけかもしれない。

この本、上の引用文からもわかるように、変にひらがなが多い。梅棹忠夫のことを心から尊敬していると書いてあるから、その影響かもしれない。たしかに、梅棹忠夫は、ひらがなタイプを使ったり、読みやすくするためにひらがなを多用した。しかし、こんなひらがなの使い方を見たら、さすがにぶっとんだに違いない。

小学校4年生以上の読み物ではまちがいなく漢字で書かれているような言葉がわざわざひらがなにしてあると、なにがあったのかと、おもわずゆっくり読んでしまう。こんなに面白い本を一気に読まれてしまうともったいないので、ひらがなにしてあるのかもしれない。そのひらがなの使い方も、へんにかわいらしいのである。わざわざ改行して「しつれいしました。」と書いてあったりると、まぁひらがなでかわいくあやまってることやし、許しといたろ、と思ってしまう。

しかし、どうもそれだけではなさそうだ。たとえば、最初から最後まで、数十回はでてくる、必要、という言葉は、なぜかすべて「ひつよう」なのである。ひらがなで書くことになにか主張でもこめられているのだろうか、と思いかけたころ、要領、という言葉も「ようりょう」と書かれているのを発見。ははぁん、そこでわかった。「ひょっとしたら『要』いう字、しらんのとちゃう?」と、つっこんでほしいに違いないのである。こんな解釈、強引ですか?

大阪で話をしていたらすぐにつっこまれて怖い、とかアホなことを言うと~きょ~もんがおったりする。が、それはまったくの誤解である。つっこみは親愛の情なのである。大阪では、つっこまれるかつっこまれないか、ぎりぎりのボケをかますのが芸であって、その芸を磨くために子供のころから血を吐くようなトレーニングをつんでいる。だから、せっかくボケをかましても、誰からもつっこんでもらえないと、とてつもなくさみしい。山頭火がまっすぐな道を歩くくらいさみしい。

だから、たとえよそもんであっても、適度なレベルのボケ発言があったとき、そのボケが意図されたものであろうがなかろうが、すかさずつっこんでさしあげるというのが大阪人のマナーなのだ。しかし、おかしな低レベルのボケばかりかましていると、アホと思われて、だれからも相手にされなくなってしまう。さほどに、ぎりぎりのボケをかますというのは、かなり高度な芸なのである。

この本、私がみたところ、すばらしく高度なボケがかまされまくっている。つっこみどころ満載で、すくなく見積もっても百ヶ所はあるだろう。すごい本である。菊人形のすべてを学べるだけでなく、つっこみ能力を高めるための教本にもなっているのだ。本の達人・出久根さんが、書評の頭にいきなり「掛け値なしの、珍本である。」と書かれただけのことはある。じつにあなどれんアドレナリンな本なのである。

あらふぃふのなにわのおばはん(しんあいのじょうをこめてます、ねんのため)川井ゆうさん、ボケをかましつつ、小心者のふりをしながら強引ぐマイウェイ、という、新しい芸風をひっさげての登場である。考えてみたら、タイトルだってつっこみたくなる。『バンザイ研究者』ってなんやねん。いくら研究対象にしている菊人形が好きであっても、ふつう「バンザイ」はせんだろうが。これからも、エッセイでもなんでもええから、どんどん書いて、ずんずんつっこませてもらいたい。

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