ブルーバックスの全盛期を彷彿とさせる1冊だ。中学生あたりからブルーバックスを買いはじめたのだが、ここ10年ほど買わなくなってしまった。入門書や教科書のようなものばかりになったためである。そこにはなんのロマンもない。
もともとのブルーバックスは、専門家が最先端の科学を手加減なしに紹介するというところがあった。読者は内容が理解できなくても、輝かしい未来の匂いを嗅ぐことができた。もう少し理解したいと理学の道に入った人も多かったのではないだろうか。ブルーバックスはやっと役割を思い出し始めたのかもしれない。
さて、本書は温度、圧力、磁場の極限を作る方法と、その極限化での物理について解説した本だ。まずは極低音である。液体ヘリウムが作られたのは1908年のことだ。やがて液体ヘリウムの研究が進み同位体を使った新しい冷却法が開発される。それ以降、核断熱消磁、レーザー冷却法などが開発される。光ラモセス、ボース凝縮点など、魅力的だがちゃんと理解できるとは思えないような用語がいっぱいでてくる。それはそれで良いのだ。
次章は超高圧だ。単純なプレス機のような装置から、立法体アンピル、多面アンピル、ダイヤモンドアンピルと装置は進化したという。その結果として実験的な物性だけではなく、地球深部の物質の物性や地震波についても理解が深まることになる。フェルミ面、パウリの原理、パルス超高圧などまたまた見当もつかない専門用語が出てくるが、問題ではない。
第3章は強磁場だ。著者の専門分野だ。著者は1970年ころにカピッツァ限界というハードルを超える多層電磁石を作るのだが、そこに黄金比が現れてくるくだりが印象的だ。それ以降、著者の名前を冠したパルス強磁場発生装置(伊達マグネット)が実用化される。強磁場においては化学的カタストロフィーが起こったり、電子構造はフラクタルになったりするのだという。やっぱりちゃんとはわからないが、じつに魅力的な音の響きがする。
本書のおすすめ対象読者は科学好きの人はもちろんだが、将棋は指さないのだが羽生善治が好きな人のような、いわば知的英雄を求める人に向いているかもしれない。極限という「目に見える」相手に挑む人たちの物語でもあるからだ。科学は究極のロマンなのだ。