2002年から2008年までの7年間、年3回のペースで『文藝春秋』の「今月買った本」という書評欄に寄稿していた。4人の書き手が回り順に、毎月買った本を10冊リストにし、その中から何冊かを文章で紹介するという企画だ。現在でも後任者たちによる連載が続いている。
手元には元原稿が9本、出来上がりページのPDFが6本残っているだけだ。22本書いたはずだから、7本分紛失してしまったらしい。ともあれ、これから週1回のペースで再録してみる。書評は時事評論とはちがい、対象となる本そのものが長寿命であるから、数年前のものであっても、さほど古さを感じないはずだ。
一昨年の年末、長年付き合ってきたタバコをやめた。肺がんの本を読んですっかりビビッてしまったのだ。たちまち六キロ近く太ってしまった。そこでレコーディングダイエットの本を読んだ。こんどは八キロほど痩せた。その結果、体力がなくなり風邪を引きやすくなってしまった。みかねた友人の勧めで筋トレをはじめた。ようやく体調が戻ってきた。
筋トレの一環で自転車が良いことに気づき、まずは『ロードバイクに乗るときに読む本』を買った。ちなみにロードバイクとは競技に使われるようなドロップハンドルのスポーツ自転車のことである。この本がよくできていた。豊富なカラー写真をつかい、初心者が知るべきことを過不足なく紹介している。
本書はエイ出版社の「趣味の教科書」シリーズの一冊だ。シリーズにはヨガやランニングなどにスポーツものだけでなく、ラジコンやベランダガーデニングなどもある。編集方針はシリーズ共通のようで、落ち着いたトーンのカラー写真と丁寧なつくりだ。さらに数冊かのシリーズ本を買いそうである。来年には「アロマテラピー」を楽しみながら「天然酵母パンをつくり」、「大型バイク」で「ラジコン飛行機を飛ばしに」に行っているであろう。
ダイエットと筋トレの効果は現在の体調をよくするだけではないらしい。なんと長寿にもなるというのだ。厚労省が用意したメタボ対策と長寿医療制度などにお世話にならなくても良い。『長寿遺伝子を鍛える』は摂取カロリーを制限することで、体内にさまざまな良い変化が生まれることを科学的に説明してくれる本だ。
人間にはサーチュインという長寿をつかさどる遺伝子があり、カロリー制限によってその遺伝子のスイッチがオンになると説く。筆者はアンチエイジングの専門家である。取り上げられている話題はこの長寿遺伝子を取り巻く形で、ポリフェノールやビタミンの摂り方などと広い。
ちなみに本書によれば、たとえ作り笑いでも笑顔になるだけで、食後の血糖値がグンと下がり、高血圧や心臓病にも良い影響がでるのだそうだ。選挙区で終始作り笑いをしている政治家が、わりと長生きなのはそのせいかもしれない。
昭和初期の不況期「芋魁飯豆平生足 潤草岩花各自春」と揮毫したのは浜口雄幸だ。質素を率先したため、結果的にダイエットになり、本来は長生きしたのであろう。残念なことだ。この墨蹟を紹介しているのは『先賢諸聖のことば』だ。テレビの「なんでも鑑定団」で有名になった骨董商による本だ。
七十五点の墨蹟を解説と人物紹介を交えて紹介している。著者が代表をつとめる思文閣での販売価格が表示されていることについては賛否あろうかもしれない。しかし、人気(ひとけ)の少ない静謐な骨董店に入ることを躊躇してしまうものにとっては便利である。
骨董は個人でも買えるが、国宝は無理だ。国宝は触ることすらできないことが多い。その国宝を触らずに復元するのが『日本の国宝、最初はこんな色だった』である。デジタル技術を使い再現するのだが、肝はデジタルではなく、どう再現するべきかという美術品そのものに対する理解力だ。
たとえば東大寺の伐折羅像を再現するためには当時の色の組み合わせ方や、顔料の色彩そのもの理解が必要だ。その結果の復元写真がものすごい。まるで秘密戦隊ゴレンジャーである。全身金ぴかだった大仏さまは天平時代のヒーローたちに守られていたのだ。
とはいえ、著者が本書で語りたかったのは日本の美術品は「参加する視点」という概念で見るべきだということらしい。賛成だ。他の先進国にくらべ日本の国立博物館はみすぼらしい限りなのだが、京都や奈良の寺社仏閣にいけば見る側が参加する形で仏像や絵画に会うことができる。
ところで、今年は日本人がノーベル物理学賞を独占した。と同時にスイスのCERNという研究所では大型ハドロン衝突加速器という装置が稼動しはじめた。じつはこの二つの事象のあいだに関係性があると睨んでいる。
来年にはこの巨大装置がヒッグス粒子を見つけるかもしれない。その場合は発見した実験物理学者がノーベル賞をとるのだろうから、その理論を作り出した学者を事前に褒賞しておく必要がノーベル財団にあったのではないだろか。などと思いをはせながら読んだのは『見えない宇宙』だ。素粒子宇宙論を一つの理論に偏向することなく解説する良書だ。