医薬品における「2010年問題」とその背景についてていねいに解説したのが本書『医薬品クライシス』だ。2010年問題とは、ここ数年のあいだに大型医薬品の特許が切れ、大手製薬会社の収益が激減することをいう。
たとえば武田薬品は2007年から2011年の間に3つの主力製品の特許が切れる。この3剤の売上合計は1兆円を超えているのだ。ほかの製薬会社も大同小異で、すでにファイザーなどは1万人規模の人員を削減しはじめた。
本書はそもそも医薬品とはなにかという、基本的だが意外に知られていない、分子としての医薬品から解説をはじめる。
つぎに、医薬品開発には偶然が関与することがあるものの、わずか10カ国あまりの先進国でしか開発できないほど高度で重層的な科学力が必要であることを説明する。
そして副作用と製薬ビジネスについて概観したあと、2010年問題とこれからの製薬を展望してみせるのだ。
煎じつめると2010年問題とは、大手製薬会社の株価問題である。しかし患者にとってはむしろ安価なジェネリック品が出回ることになるのだから、2010年僥倖であろう。
真の問題はなぜ1990年以降目立った新薬がでてこなくなったかということだ。もう、より良い薬は手に入らないのか、まだ薬のない病気は治らないのか、が問題なのだ。
本書ではその真の問題について科学と経営の両面から解説と試みる。それまでに丁寧な背景説明をしているため、製薬業界の複雑な事情を納得することができる。
しかし良く読むと、開発プロセスのなかの「成果主義」の弊害、開発者への低い成功報酬と研究機関への頭脳流出、大合併が招いた保守主義など、ひとり製薬業界だけの問題ではないように思える。
とはいえ医薬品は生命に直結した商品である。新商品のおかげでいつまでも死ななくなることが、果たして本当に良いことなのかと著者は「あとがき」で自嘲的に語るのが印象的だ。