創造力なき日本 アートの現場で蘇る「覚悟」と「継続」 (角川oneテーマ21)
- 作者: 村上 隆
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出版社: 角川書店(角川グループパブリッシング)
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発売日: 2012/10/10
村上隆は単なるクリエイターではない。「カイカイキキ」というアート集団をまとめあげ、そのサステイナビリティーを追求する経営者でもある。『芸術闘争論』で垣間見せたその一面を、若手を育てるという観点から論じた一冊だ。タイトルは『創造力なき日本』になっているが、『世界を相手にする芸術家になるために:入門編』とでもしたほうが内容にマッチしている。世界に通用する芸術家として成功するためになすべきことを、自らの経験に基づいた「マネジメントの方程式」として説いていく。
夢を抱いてこの世界に入ってきた人たちが、いきなり「ピラミッド構造の絶対的下部からは逃れられない」と言われて、それを理解したくない、否定したい、といった感情を持つのはわかります。しかし、そこで立ち止まっていれば先に進めなくなります。
夢がかなうとは限らない。その現実をふまえ、いちばん下からはいあがっていくために、まずはなにをなすべきかが記されている。その項目を眺めてみると、驚くほど常識的であきれるほどだ。ひとことでいうと「陳腐」。しかし、その陳腐としか思えないようなことが、成功するためにどうして必要なのか、が熱く語られている。
世の中というのは甘くない。その上に、理不尽に満ちている。そんな中で自分の夢をかなえるためにはどうしたらいいのか?答は明解単純。働け、それも、上の人のことをよく聞いて、どんなに手間がかかろうとも、文句を言わずにぎりぎりまで働け、ということなのだ。こういう教えであるから、当然、去る人もでてくる。残るのは能力のある人かというと、そうではないという。単に縁のある人が残るだけだ、という。
ご機嫌取りの発想を持たないということはつまり、相手の感情を顧みず、自分の欲望に忠実すぎる人が増えているということです。
そんな姿勢で仕事に臨んでいる限り、目の前の仕事に真剣に向かい合っているとは言えないはずです。
意外、である。最大限の効果を発揮することが大事なのであって、社会に迎合することは格好悪くもなんともない、という考えである。芸術の世界とはいえ、生きていくにはクライアントのニーズに応えることが必要、という考えである。そのためにいちばん大事なのは「信頼関係」と「人間関係」を築くことであって…
その第一歩が、覚悟を持ち、ちゃんとした挨拶のできる人間になることです。
それはただの道徳教育などではなく「成功するための道筋」です。
と、くる。もっと意外、である。
芸術というのは、個人の才能と努力が認められていくことによって成り立つものだと思い込んでいた。もちろんいちばんの基本はそういうところにあるのだろうけれど、それでは効率が悪すぎるということなのか。うがった見方としては、「経営者」としての工房運営という観点からすると、こうでないと困るということなのかとも思う。しかし一方で、芸術といえども、メシを食えなければ話にならないのであるから、根本的なところは他の分野と同じなのだろうとも思う。
アート業界も芸能界もインダストリーです。その中で階段を上っていく方法論は、一般のビジネスと変わりがありません。
私が身を置く研究の世界、厳しさはかなり劣るとはいえ、芸術と似たような側面を持っている。この本の「芸術」を「研究」におきかえても、ほとんど意味が通じるほどだ。説かれていることが陳腐なほどにあたりまえなことばかりだけに、アートという特殊な職業にとどまらず、その適応範囲は相当に広い。芸術家を目指す若者だけでなく、どんな職業・組織であっても、闘いながら上を目指して生きていこうとする多くの若者にとって、有用な教えになっている。
かつては、生命科学研究分野でも、個人でおこなうことが可能であった。我が大阪大学医学部が産んだ鬼才、故垣内史郎先生は、たった一人でカルモジュリンという蛋白を単離し、カルシウムが細胞内シグナルとして重要であるという画期的な業績をあげられた。しかし、今やそんなことはほとんど夢物語である。芸術でも、創作という行為そのものはともかく、その作品を売って活動を継続し続けるためには、個人の能力だけでは難しくなっているのだろうか。
科学の世界でよく知られていることは、偉大な研究者たちが、次の世代の優れた研究者をたくさん育ててきたということである。これは、指導者が優れている、というだけでなく、優秀な人が集まる、その集団の中で切磋琢磨される、など、複合的な要因によるものだ。理由はともあれ、そういった環境に身を置くことが、成功するために効率的な方法の一つであることは間違いない。しかし、そういう中で同僚に負けず業績をあげながら生き残っていくのは容易なことではない。
カイカイキキのような集団でも、成功をおさめて生き残っていくのは、決してたやすくないだろう。挨拶ができようが、いくら言うことをきいてハードに働こうが、それだけでは決して芸術家として生きていくことはできないだろう。夢破れ、芸術家として生きていくのは無理と悟り、縁がなかったと去っていく人もたくさんいるだろう。しかし、この本に書かれていることは、たとえ他の分野へ移ったとしても活かされるはずだ。
書かれていることは、上の世代にとって都合のいいことばかりではないか。年寄りは勝手なことを言う、と、若者は思うかもしれない。確かにそうかもしれない。しかし、なにより大事なのは、どれだけの覚悟ができているか、ということなのだ。芸術であれ、研究であれ、なんであれ、夢を形にするためには、夢に直接関係がないようなことであっても、相当な覚悟を持って臨むことができなければ、そこで意味なく終わってしまう、ということなのだ。
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おすすめ本
『世界基準』のアートをめざす戦略とは?
芸術は世界水準であるべき。
平山郁夫のことはお嫌いなようです。
村上隆完全読本 美術手帖全記事1992-2012 (BT BOOKS)
- 作者: 村上隆, 美術手帖編集部
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出版社: 美術出版社
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発売日: 2012/5/23
ひょっとして、村上隆をご存知ない人のために。