企業アカウントがユル〜いツイートで意外な一面を見せる、いわゆる「軟式アカウント」というものが話題を呼んだのは、もう3年ほど前のことになるのだろうか。
その時は脚光を浴びたアカウントの数々も、淘汰されていったものや、組織上の理由で存続を断念したものも、少なくはないことだろう。何と言ってもソーシャルメディアは、継続することに一番高いハードルがある。
そんな中で、今なお元気に活動しているのが、こちらのアカウントだ。
N=ナカノ H=ヒトナド K=イナイ
— NHK広報局(かなりユルい会話など)さん (@NHK_PR) 12月 28日, 2010
フォロワー数が、じつに約490,000。やや癖のあるTweetが特徴で、幾多の伝説も残している。その人気の秘密は、一体どこにあるのだろうか。キャラ設定か、「ナカノヒトナドイナイ」という定番ギャグによるものか。
そのような軟式アカウントに向けられたありがちな誤解を訂正し、自身の思いを語り尽くしたのが本書である。著者は、いないはずの「中の人」。
誰にだって”初めて”というものがある。前半で繰り広げられるのは、初期@NHK_PRの知られざる一面だ。会社に届け出も出さず、非公式の形でひっそりとスタート。キャラ設定に悩み、何をツイートすればいいのか、悶々とする日々。
きっかけとなったのは、ゲーム会社に勤める知人の以下の一言だ。
”やっぱり最後にキーボードを叩くお前自身が、アカウントそのものなんだ。だから設定した性格でツイートするんじゃなく、お前自身があの性格に近づいていくべきなんだ。”
今、振り返れば、このスタート時におけるやり取りに、巨大アカウントの原点が詰まっているとも言える。
宣伝することが目的ではなく、みんなと会話してNHKのイメージを変えたい。ただし、売り物はTV番組しかない。そんな二律背反の状況を、「自分の好みだけで番組の紹介をする」というスタイルを取ることによって、活路を見出していくのだ。
こうして独自路線を歩んでいく@NHK_PRだが、フォロワー数が増えるにつれ、問題も生じてくる。「NHKの公式アカウントがふざけたツイートをするのはけしからん」という批判の声が届き始めるのだ。
これに対する彼の回答はこうだ。
”アンフォローしてもらうしかないんだ。”
フォロワーとは友達同士のような関係でありたいという原点に立ち返り、数より質を重視する。それが結果的に数に跳ね返ってくるのだから、世の中わからないものである。
一方で後半の話材の数々は、みんながよく知る@NHK_PRの姿である。「あ〜、あった、あった」などと思いながら、まるでプレイバック映像でも眺めているような気分になることだろう。人の気持ちに寄り添う、そんなシンプルなことを継続するだけで、ここまで時代が作れるものなのか。
◆話題になった@NHK_PRのTweetでのやり取り
①松岡修造botとやり取りしたあとのTweet
私、今日もしかしたら、ボットのヒトと一生懸命に会話をしていたかも知れません・・・(>_<)
— NHK広報局(かなりユルい会話など)さん (@NHK_PR) 1月 29, 2010
②NHK『はやぶさ』中継せず国民激怒! NHK「さすがに限界かも知れません」
広報や宣伝のプロであればあるほど、プロセスや舞台裏を可視化させるということには抵抗を感じてしまうものである。だが、失敗も戸惑いもオープンにし、批判にも毅然と立ち向かう姿を晒してきたからこそ、皆の注目を集めてきた。だからこのアカウントは、誰にとっても「いつも側にいた」と思えるような存在になれたのだと思う。
そして、その注目がピークを迎えるのは、忘れもしない3.11の時である。当日の@NHK_PRのログを見るだけで、あの日の記憶がまざまざと蘇ってくる。
緊迫した状況の中、原発関連のニュースを伝え続け、数多くのフォロワーから罵詈雑言の声もダイレクトに届いてくる。彼が相手にしていたのは、時代の空気だ。
不謹慎ならあやまります。でも不寛容とは戦います。それでは、あらためてciao!! (たくさんご質問をいただきましたが、明日の件は、明日発表します<(_ _)>)
— NHK広報局(かなりユルい会話など)さん (@NHK_PR) 3月 15日, 2011
皆さん長い緊張状態が続いているようで、様々なところでイライラと批判と強い口調の言葉があふれています。だからこそ、このアカウントでは出来るだけ日常的なユルいツイートをしようと決めました。ご批判もあるとは思いますが、ご理解ください。(もちろん緊急時にはニュース情報もお伝えします)
— NHK広報局(かなりユルい会話など)さん (@NHK_PR) 3月 17日, 2011
本書では、これらのツイートを振り返りながら、その時々に何を思い、どんな気持ちでツイートをしたのかが、事細かに綴られている。その心中やいかに?
本書は、いわゆるビジネス本ではない。ご本人も、そのつもりでは書かれていないと思う。だが、ユルさの中に潜む芯の通った強さ、企業と顧客との間における立ち位置など、めぐりめぐってビジネスの真髄が存分に詰まっているという印象を受けた。
意図せずに面白く、思いがけず役に立つ。やはりこのアカウントは、侮れない。