著者の理論を2行でまとめてみよう。芸術家やゲイが好む都市はイノベーションや起業風土にあふれており、結果的にその都市の不動産価格は上昇する。居住用としても不動産投資用としても、そのような都市を選ぶべきだ。米国での原書の出版はリーマンショックの半年前なのだから、この結論に違和感を持ってしまうのは仕方がない。
じっさい著者は、米国主要都市の1950年から2000年まで住宅価格上昇率を比較している。上昇率トップはサンフランシスコやシアトルなどの西海岸、ボトムはミルウォーキーなどの五大湖沿岸だ。
たしかに、この50年間に一部の芸術家やゲイは迫害を受けない場所をもとめ、バイブルベルトからほど遠い西海岸に流れ着いたのであろう。しかし、この地域の不動産価格の上昇は産業構造の変化や、1950年時点の西海岸の低い不動産価格によるところが大きいのではないか。
本書において著者はまた、単なる都市比較では満足していない。メガ地域という概念を持ち出して、世界中の大都市圏の比較をする。世界第一位は広域東京圏、第二位はボス=ワッシュ(ボストン、ニューヨークなど)、ヨーロッパ第一位はアム=ブラス=トワープ(アムステルダム、アントワープなど)だ。
しかし、説明に使われている地図をみると定義がじつに雑なのだ。広域東京圏には仙台はもちろん、青森も金沢も入っている。世界七位のミル=トゥールという地域はイタリアのほとんど全土を意味するのだ。
著者はまた「人々の欲求を満たす場所」とは、人や文化に出会え、開放的だが安定感のあることが条件だという。基本的な公共サービスも重要だと念を押すことも忘れない。あまりにもあたり前すぎて、拍子抜けするほどだ。
また、本書は明らかに米国人向けに書かれた本だ。訳出にあたっても16章中4章を飛ばしたという。残った12章で使われる地図もほとんどが米国だ。しかも最終章は「最高の居住地を見つける方法」という米国人が好きなマニュアル仕立てだ。
一方、東京ではサブカルの拠点、秋葉原が元気だ。米国においてのサブカルの中心がゲイだとすると、日本はオタクかもしれない。また日本には米国にない工芸という芸術分野がある。著者は意図していないと思うのだが、広域東京圏に金沢などが入っているのは納得できる。日本とアメリカを比較しながら読むと面白い本かもしれない。