高校を卒業してすぐ、札幌の実家の近くに小さな居酒屋ができた。悪友連中と良く通ったものだ。狙いは当時でもずば抜けて安い1杯250円の毛蟹だった。いつの間にかその居酒屋は全国チェーンの立派な会社になっていた。その店の名前は「つぼ八」。まさに8坪の居酒屋だった。
本書にはこのような社名の薀蓄が詰め込まれている。ビジネスマンにとって身近な話題であるだけに肩が凝らない。休日に読むには程よいビジネス書だ。
「三菱鉛筆」が「三菱グループ」とは全く関係がない、いわば先行ブランドだということは知っていた。スポーツ用品メーカー「アディダス」と「プーマ」の2社は兄弟喧嘩の果てに生まれたことも知っていた。しかし、この程度を知っているからといって本書を侮ってはいけない。
「富士重工業」や「フジテレビ」が富士山にあやかった命名であることは知っていた。しかし、「富士電機」は由来が全く異なる。親会社の「古河電気工業」の「ふ」と提携先の「ジーメンス」の「ジ」を組み合わせたものだというのだ。
カップヌードルの「日清食品」と美智子皇后のご実父の「日清製粉」に全く関係がないということは知っていた。しかし、「日清オイリオ」も全く別のグループだとは知らなかった。日清戦争のときに作られた食料商社が分割されたのであろうかと想像していた。その関係のない日清食品と日清オイリオ両社のCMに荒川静香が出演しているというオマケも付いている。
「松竹」が明治の興行師、双子の大谷松太郎と大谷竹次郎の頭文字から名付けられたことは知っていた。しかし、当時は「マツタケ合名会社」と読まれていたことは知らなかった。
本書は社名の薀蓄がウリなのだから、これ以上エピソードを紹介するのは野暮だ。書店で立ち読みをする人は「大成建設」の由来は読んでおいて欲しい。もし、立ち読みしている書店が「ジュンク堂」だったら、本書に由来が詳しい。両社とも知らない人にとっては仰天するエピソードが紹介されている。ヒントを出しておくと「位牌」と「人名」だ。
外国企業の章では「マイクロソフト」がポルトガルでビジネスをするにあたり、同名の先行会社の存在に今でも悩んでいる話が出てくる。
じつは大阪にも同名の先行会社があった。関西支店を開設するにあたり当初予定した地域にマイクロソフトというコピー機販売の会社が存在していたのだ。先方にとってはさぞかし迷惑だったであろう。
ところで、本書の第二章は「もう覚えられない!銀行の名前は変わりすぎ」という、銀行名の変遷についての別立てだ。
メガバンクも地方銀行も合併や統合などを経てさまざまに名前を変えてきた。なかでも「三菱東京UFJ銀行」の系統図を見ると、なんと10行もの銀行が合体して出来上がったキメラだということがわかる。
金融機関は銀行、証券、生損保などを巻き込んでさらに複雑怪奇な社名相関図を描く。生保の「損保ジャパンひまわり生命」や「東京海上日動あんしん生命」など、あと10年もしたら社名が2行になってしまいそうだ。
ところで「つぼ八」は一時「イトマン」が支援していたが、その「イトマン」は事件に絡み、「住金物産」に吸収されている。しかし「イトマンスイミングスクール」は残り、現在の経営権は「東進ハイスクール」にある。たしかに社名の裏には物語がある。