『職業外伝 紅の巻・白の巻』 あなたの天職、なんですか?  

2012年10月16日 印刷向け表示
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職業外伝 紅の巻 (ポプラ文庫)

職業外伝 紅の巻 (ポプラ文庫)

  • 作者: 秋山真志
  • 出版社: ポプラ社
  • 発売日: 2012/10/5

職業外伝 白の巻 (ポプラ文庫)

職業外伝 白の巻 (ポプラ文庫)

  • 作者: 秋山真志
  • 出版社: ポプラ社
  • 発売日: 2012/10/5

飴細工師、俗曲師、銭湯絵師、へび屋、街頭紙芝居師、野州麻紙紙漉人、幇間、彫師、能装束師、席亭、見世物師、真剣師。

イタコ、映画看板絵師、宮内庁式部職鵜匠、荻江流家元、琵琶盲僧、蝋人形師、チンドン屋、流し…

紅と白、二冊の『職業外伝』で紹介された、滅びつつある仕事の数々である。取材開始が20年以上前だから、今では本当に見ることができない仕事も混ざっているし、昭和30年代生まれで、著者と同じ時代を生きてきた私も聞いたことがないようなものもある。

動植物が「レッドデータバンク」に載れば、多くの人がその種を残そうと努力する。しかし職業の滅亡は、ある日静かに訪れる。人知れず幕を下ろそうとしている生業を、丁寧に記録した作品で、6.7年前、ずいぶんと話題になった本が今回ようやく文庫になった。

『本当は怖い昭和30年代』がHONZ歴代4位の閲覧数になったのは、『三丁目の夕日』などへのノスタルジーへの反感ばかりではなかったと思う。現代はそんなに生きにくい時代なのか?その確認が必要なのかもしれない。確かに「もはや戦後ではない」と言われた昭和30年代以降の高度成長期は、青少年の犯罪はニュースにならないほど頻繁だったし、軽犯罪と呼ばれるものに合わないようにするための教育が、家でも学校でもされていた。諸手を挙げて「いい時代だった」なんて全く思わない。でも、ここに紹介された多くの人たちは楽しく自由に稼いでいた。

こんな職業が滅びようとしているのだ。

今でも大きな縁日で見かける飴細工。日本一の飴細工師と言われる坂下尚文は東京芸術大学彫刻家中退。旅から旅の暮らしは楽しくて飴細工の腕を磨いた。テキヤの怖いおじさんに「ピカチュウ作って」と頼んだ思い出は、きっとその子の宝物になる。

その昔、祖母は「市場」と呼んだ。大きなステーションから放射線状に広がる商店街。今ではアーケードとかショッピングセンターに名前は変わったけれど、入り口は華やかだ。 高価な衣料品、宝石屋、洋菓子屋、和菓子屋。人が常に集まっている。それが広がった先っぽになると、人通りは少なくなり店もひっそりと構えている。十年一日同じものが並んでいる古道具屋や、毎日「閉店の売り出し」の幟がはためく蒲団屋に並んで「へび屋」があった。

紹介されているのは横浜・伊勢佐木町の「黒田救命堂」。老舗中の老舗である。店の中は暗く、ショウウィンドウにはシマヘビが球になって蠢いていた水槽があった。ここの名物は「コブラパウダー」。タイ産のコブラを蒸し焼きにして乾燥させたものを製粉機で砕く。きな粉のような味で、これは殿方に絶大な人気を誇る商品だ。

落語ブームが続いている。昭和も大正も通り越して、江戸の風俗を知らなきゃ面白くない。吉原はないし素浪人もいない。「丁稚の藪入り」って何だろう?噺に良く出てくる幇間、たいこもちは残っている。東京に4人、福井にひとり。悠玄亭玉八は演劇から鞍替えした変わり種だ。物静かで二枚目の玉八が、幇間業に徹した際のすごさは、文章だけではわからない。これはぜひ見てみたい。

昭和を思い出すときに、絶対に欠かせないのが風呂屋と映画館。どちらも大きな絵が特徴だ。私の家は賄付きの下宿屋(これも絶滅職業だ)だったので、内風呂が生まれた時からあったが、本当に小さいころに父と一緒に入った男湯の富士山は今でも覚えているし、タバコの咽るような匂いと便所の饐えた匂いの混ざった映画館の大看板は記憶に残っている。風呂屋や映画館は形を変えて今でも繁盛しているが、面影はない。最後の絵師たちは「終わりの日」まで絵筆を握ると宣言する。

ひときわ異彩を放つのは蝋人形師の松崎覚。滅びゆく職業というよりは、オンリーワンの芸術家だろう。マダム・タッソーをはじめとした海外の蝋人形館の展示は、案外似ていなくてがっかりする。しかし彼の人形は者が違うのだ。

展示や博物館に入るような日の当たる商品ばかりではない。見世物小屋では、俳優の自殺現場や有名人を小人に仕立てた白雪姫、大久保清の犯罪をリアルに再現した。謎の老人から好みの女性の全裸を忠実に作り上げたり、交通事故で死んだ息子を作ったり、と思いもしない仕事の数々。作家の野坂昭如に至っては……これ以上は言うまい。

2009年に亡くなった新宿ゴールデン街の流し、マレンコフには何度か会ったことがある。自分がお金を出して歌ってもらわなかったことを後悔してもはじまらないか。

ここの紹介されている職業は、どれも時代の花形であったことはない「珍しいお仕事」ではあったのだ。しかし、人と関わり雰囲気を察し、相手の好みに沿うように成長してきたのだ。本人が好むと好まざるとにかかわらず、天職なのだ。

時代が移るたびに、様々な職業が無くなっていく。パソコンの普及で、注文が激減しているという話はよく聞くし、電子書籍が普及するからと、紙の種類やインクなど、少しずつ減っているらしい。形を変えて生き残るとしても、無くなってしまう仕事があるのは仕方がないことだ。

去年の大震災の影響も大きかった。日銭暮らしのテキヤなどは、自粛自粛の中で、生きることさえ難しくなったそうだ。それでも巻末の「今」を読むと、厳しい状況の中にも起死回生の生き残りをかけた意気込みがうかがえる。著者の秋山真志は引き続きこのテーマを追っていくという。身近に「記録を残してほしい」と思う職業があったら、教えてほしいと連絡先が出ている。

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テキヤ家業のA to Z 内藤順のレビューをご参考に。

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チンドン屋さん、震災前は仕事も多かったらしいが、今はどうなんだろう。

全国のちんどん屋にインタビューした労作。

地方紙へ配信された2010年の私のレビューもご参考に。

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