2009年3月17日と18日、軍・情報機関・学界・シンクタンク・投資銀行等の専門家60名が、厳重なセキュリティ・チェックを受けないと入れないワシントンDC近くにあるAPL戦争分析研究所内に密かに結集していた。彼らは皆、アメリカ国防総省(ペンタゴン)が後援する初の金融戦争シミュレーション・ゲームの参加者である。
アメリカ国防省は、敵対国もしくは過激派が通貨、株式、債券、デリバティブなどを用いて金融攻撃してくることを警戒している。ペンタゴンで働く軍人やスパイ達は肉体的な力は有り余るほど持っているが、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)で一国を破壊する方法は全くの無知なのだ。他国からの金融攻撃に対して、どう対処すればよいのか全く検討がつかない。特に彼らが警戒したのは米ドルに対する信任を打ち砕かれるという悪夢。ドルが崩壊すれば、それとともに全てのドル建て市場が崩壊し、社会は大混乱に陥ってしまうことが確実だからだ。
2日間のシミュレーション・ゲームでは、ロシア(に扮したチーム)が金を裏付けとした新通貨を発行し、ロシアの石油・天然ガスは米ドルではなくその新通貨で決済することを義務づけるなど、米ドルの信任を揺さぶる攻撃がなされた。それにも関わらず、アメリカ(に扮したチーム)は効果的な対応策をうてず、アメリカの安全保障は金融攻撃に脆いことが露呈される。
本書の著者はこのペンタゴンが実施した初の金融戦争シミュレーション・ゲームの推進者。上述のストーリーを含む本書はアメリカで上梓されて以降、New York Times Best Sellerリストに名を連ねるほど売れた本だ。
筆者は現在、世界経済は通貨戦争まっただ中であると分析する。攻撃を最初に仕掛けたのは、アメリカ。量的金融緩和政策(QE)という”秘密兵器”を発動させることで、意図的に米ドルの価値を下げて輸出で儲けようとしている。歴史を振り返ると、これはアメリカの常套手段である。1985年のプラザ合意の際は、日本が標的であったが、今回の標的は人民元安を維持しようとする中国。人民元切り上げを声高に叫んでいたガイトナー元アメリカ財務長官の姿はまだ記憶に新しい。
話は少しずれるが、アメリカ量的金融緩和政策のとばっちりを受けているのが、中東やアフリカといった国々だ。中東では、米国内で行き場を失ったドルが中東に大量流入することでインフレが起きており、「アラブの春」の遠因となった。アフリカでは、同じく行き場を失ったドルが食物や原油などのコモディティ市場に流入することで商品価格が高騰し、貧困層はますます生活必需品を買えなくなっている。
このまま通貨戦争が深刻化し、反対に他国がアメリカに攻撃を仕掛ければ、ドルは崩壊する危険にあると著者は警告する(攻撃してくる可能性ある国は、中国・ロシア・イランとしている)。金融シミュレーション・ゲームで判明した通り、攻撃方法はいくらでもあるのだ。ビル・ゲイツは『ワシントン・タイムズ』で次のように述べている。
「アメリカ政府の高官や外部のアナリストたちによると、国防総省、財務省、それにアメリカの情報機関は、経済戦争や金融テロがアメリカにもたらす脅威について積極的に研究してはいない。『その分野には誰も行きたがらないんだ』と、ある高官は語った」
実際に米ドルが崩壊する事態に陥った際、日本はどうすべきなのだろうか。そんな視点から本書を読みすすめることをオススメする。アメリカと協調して米ドルを買い戻すべきなのだろうか、次なる世界秩序(筆者が提唱する通り金本位制になること)を見越して金を蓄えておくべきなのだろうか、はたまたいつもの通り何もせずに黙って見ているのか。
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