リーダーとは、つまり何だろうか。本書を読みながら、そんなことを考えてみた。
そして、私なりに辿り着いた(暫定的な)答えを、この場に書きとめてみたい。
人によって中心に据えられ、人を中心に据えることでそれに報いる存在。
それこそが、リーダーではないかと。
ネビル・イズデル。2004年6月、当時泥沼に喘いでいたコカ・コーラのCEOに就任し、5年間の在任期間中に見事な再建を果たした経営者だ。当初から5年限定を明言していた彼は、2009年にその言葉どおり引退し、ムーター・ケントにCEOの座を引き継いでいる。
本書はそんな彼が、自身の半生を綴った物語だ。彼は約40年間に及ぶビジネスキャリアを、常にコカ・コーラと共に歩んだ生え抜きの存在であり、その半生はコカ・コーラの歴史そのものと密接にリンクしている。彼が活躍した時代とは、コカ・コーラにとっても、そして世界史においても大きな変革が重なった激動の時代であり、奇しくも彼はその最前線に常にいた。それゆえ本書はコカ・コーラと世界のストーリーでもあり、それ自体も極めて刺激的なのだが、やはり本書の一番の醍醐味は、ネビル・イズデルという1人の人間そのものに、そして彼がコカ・コーラと世界に対して果たした誇り高きコミットメントの数々にこそ求められるべきだろう。彼自身が、本書の冒頭でこう語っているように。
この本はよくあるビジネス本とも自伝とも違う。個人的なストーリー、と言った方がいいだろう。あなたの知らない(インサイド)コカ・コーラの旅へようこそ。わたしの人生の物語と、危機と希望と興奮に満ちたグローバルビジネスの未来を楽しんでいただければ幸いである。
そして彼は、その「個人的なストーリー」において、彼のために献身を惜しまない仲間との出会いにいつも恵まれていた。人が活きる場所を整えることで、いつでも人を守ろうとした。組織における自身の立場を問わず、いつだって毅然としたリーダーであり続けた。コカ・コーラを復活へと導いた舵取りはもちろん素晴らしいが、ある意味ではストーリーの集大成にすぎない。ストーリーの中核は、人間の魅力であり、魅力的な人間だ。ネビルを支え、導いた人間。共に戦い、争った人間。豪胆をもって試した先達。時には陥れようとした人間。偶然、同じ場所で同じ空気を吸った人間。本書のストーリーを彩るこれらの共演者達は、誰もがとても魅力的だけれど、舞台の中心にいつもいた肝心の主演を忘れることはできない。
そう、ネビル・イズデルは人間として魅力的だった。
それはきっと、彼が人間を信頼していたからだ。
本書には、そうした彼のスタンスを示す印象的なエピソードが溢れている。
たとえば、ゲイリー・フェイヤード。ネビルがCEOに就任した2004年、コカ・コーラは売上水増問題で米証券取引委員会(SEC)の捜査を受けていた。この問題を内部告発した社員が直前の人員整理で解雇され、その後コカ・コーラに対して訴訟を起こしたのが発端だった。当時CFOだったゲイリーは解雇を止めようとしたが間に合わず、捜査が進むにつれて、SECがゲイリー個人に対して民事訴訟を起こす可能性が高まっていく。辞めざるをえないと判断したゲイリーは辞表を提出するが、ネビルはゲイリーを終始守り抜いた。立場や組織のために、罪なきものに罪を着せない。完全に正しい会計開示をもってSECと和解した後、ゲイリーは今もCFOとして活躍している。
あるいは、東欧でビジネスを共にしたかけがえのない右腕、ムーター・ケント。1996年、財務アドバイザーによる勝手な自社株の空売りによって、彼はインサイダー取引疑惑で当局の捜査を受けていた。ネビルはそれを、単純なミスだったと信じていたが、ムーターは将来有望だったはずのキャリアを閉ざされた。その彼の人間性とポテンシャルを信頼し、自身の後継者として呼び戻したのもネビルだった。つまらないキャリアの傷などではなく、本質を見抜いて、人を信じ抜く彼の姿勢は、この言葉に表れているだろう。
コカ・コーラ社の全権をムーターに引き継いだとき、よくこう訊かれた。「あなたの功績はなんですか?」と。
わたしの答えは簡単なものだった。
「後継者が成功しなければ、功績などありません」
それから二年たったいま、この本を執筆しながら、わたしは自信を持ってこう言える。「ミッション完了」と。
他にも紹介したいエピソードは尽きることがない。
ヨハネスブルグで雇い入れた初の黒人販売マネージャー、アーネスト・ムチュニュの才能を見抜き、茨の道と知りつつも「挑戦の機会を得よ」と諭したその思い。フィリピン時代、現地のカルチャーへの深い洞察をもってビジネスを支えたキング・キングとの信頼関係。元CEOドナルド・キーオに対しても、大胆かつ毅然と意見を戦わせるタフネス。何人かの役員達を冷静に見極め、様々な周辺環境に配慮しながらも譲ることなくシビアに切っていく度胸と覚悟。どれもがとても魅力的であり、それぞれのエピソードの中に、ネビル・イズデルという傑出したリーダーの人間性を垣間見ることができるはずだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
リーダーシップを考える上で、個人的に外せない1冊。「マネジャーはものごとを正しく行い、リーダーは正しいことをする」というウォレン・ベニスの名言は、端的にして、リーダーシップの核心を鋭く衝いている。常に「正しいこと」をしようとしたネビル・イズデルは、やはり本質的な意味において、真のリーダーだったのではないだろうか。
1965年、倒産寸前だったアメリカの小さな製鉄所ニューコアの社長に就任し、全米2位の鉄鋼メーカーへと押し上げた稀代の名経営者、ケン・アイバーソン。リーダーシップというものに対する彼の哲学と行動が、惜しみなく綴られている。前掲のウォレン・ベニスも序文を寄せており、非常に読み応えのある1冊だ。
日本におけるリーダーシップ論を考える時に、まず浮かぶのが野中郁次郎。名著『失敗の本質』を素材として、リーダーシップの欠如が招いた太平洋戦争における旧日本軍の失敗を通じて、本来あるべきリーダーシップを浮き彫りにしていく。