17世紀から18世紀にかけてイタリアのクレモナでアントニオ・ストラティヴァリウスによって作られた5挺のヴァイオリンと1挺のヴィオラの物語だ。600挺ほど現存している「ストラティヴァリウス」は現在でも最高の価格が付くヴァイオリンである。1994年に日本音楽財団が購入した「パガニーニ・カルテット」といわれる2挺のヴァイオリンと1挺のビオラ、1挺のチェロのセットの価格は1500万ドルだった。本書の主役の1挺である「ケーフェンヒューラー」という1挺には805万ボンドの値がついていた。円高のいまでも11億円を超える。
この本の著者は1965年生まれのイギリス人だ。本書が最初の著作だという。しかし前半のストラティヴァリ本人の伝記はこの本に尽きるといっても良いほどの出来だ。イギリス人特有の歴史と工芸品への顕微鏡的なこだわりがある。物事を総覧的に記述するという本能があるといっても良い。羨ましい限りだ。日本の文物についてもこのような本を読んでみたい。
後半はおもに5挺のヴァイオリンと1挺のヴィオラのまさしく「人生」を描いている。競争者の出現、主人としての持ち主、友としての演奏家、それぞれの楽器の毀誉褒貶は信じられないほど人間のそれに似ている。とはいえ著者は楽器を人生のメタファーとはしていない。そんな姑息なことをしないのが本物のノンフィクションなのだ。
本書は内容の濃密さゆえ、簡単には読み終えることができない。お正月用に良いかもしれない。今年もあと1ヶ月ほどとなった。確率的には今年最後のお勧めノンフィクション単行本であろうか。まだ数冊の候補があるのでそれを読んでからの結論としよう。