久米は教育をもっとも重要な視察目的の一つとして考えていたようだ。普通教育から障害児教育まで熱心に書き込んでいるからだ。アメリカ全体の教育予算、学童数、教員数などはもちろん、各地で教育税、学校数、建物の広さ、教員の給与から用務員の数まで調べている。教員の給与については女性教員の初任給から昇給制度まで報告している。視覚障害者の地理の学習法まで調べているのには驚かされる。
しかし、一行は明治政府が先進国から導入したい新制度だけを文官的に調べていただけではない。久米は活版印刷において使われる金属は銅とアンチモニーかビスマスの合金であり、その比率と鋳込みかたまで報告する。また、アメリカには綿紡績工場が956箇所あり、これに付属する蒸気機関は8万3017馬力などという報告もしているのだ。工学的な素養も並大抵ではない。
久米はビジネスマンとしての素養ももっていたらしい。サンフランシスコのワイン作りについて報告しているのだが、ワインの生産量や販売価格はもちろん、ビンはパリからの輸入品で1.75セント、コルクはスペインからの輸入品で5個で2セントなどと報告している。
久米はいう「ワインのビンをフランスからわざわざ輸入している理由は、ワインはフランスの名産であって、ボトルにせよ荷姿にせよフランスの名を借りないと市場では流通せず、貿易において名声〈顧客の信用〉は巨万の富以上に大切なのである」。つづけて久米は「拙劣なビジネスにおいては小さな利益をつかみとろうとして、名声の方を捨ててしまう」と戒める。
いやはや100年以上前の日本人がブランドや信用についてこれほど明確に理解していたとは驚かされる。本書は単なる歴史的な書物ではなく、現代のビジネスマンにとっても意味をもつと思われる理由がここにある。