前日の書評がドイツ一色、そしてEURO2012でもオランダを破り、連勝中で絶好調のドイツ。験を担いで、僕もドイツからスタートしたい。世界最大の物流会社DHLを傘下に収めるドイツポストが来る2050年に向けて5つのシナリオを考えている。
http://www.youtube.com/embed/oFR3s3CLl90
■2050年の世界:5つのシナリオの概要
シナリオ1: 暴走する経済‐迫り来る崩壊(1:37-)
シナリオ2: 巨大都市における超効率化(2:10-)
シナリオ3: カスタマイズされたライフスタイル(3:12-)
シナリオ4: 麻痺状態を招く保護貿易主義(4:20-)
シナリオ5: グローバルな回復力‐地域の適応(5:02-)
※()内はそれぞれのシナリオのスタート時間。
1・4は悲観的な予測、2・5は比較的楽観的なシナリオである。3は際立って特殊だ。他はマクロな概況変化を土台に予測立てているが、3は急に家庭の生活の話に展開している。”カスタマイズされたライフスタイル”と表記だけ見ても、個々人の想像力は膨らまないが、我々の生活が大きく変わり、未来が楽しみになるシナリオなのである。そのシナリオを地で行っているのが、この本だ。
ドイツから大西洋をまたいで、アメリカ東海岸ボストン。マサチューセッツ工科大学(MIT)にファブライフとファブラボの原点がある。そもそもファブラボとは「パーソナル・ファブリケーション」(個人的なものづくり、多品種少量生産型デザイン)の可能性を、市民や様々な人と共同で開拓していくための実験工房である。世界30カ国以上に草の根的に広がっており、各工房が国際的なネットワークを形成している。それぞれのファブラボには、レーザーカッター、ペーパーカッター、ミリングマシン、電子工作機器一式、3Dプリンターやミシンがある。これは2012年度時点であり、工房に必要とされる工作機械もファブラボ・ネットワークの中で毎年更新されていくので、年を追うごとに進化していく。
世界最古(といっても2001年)のファブラボはMITの拠点ボストンとインドの都市部から離れた人口数百人ほどのバハルという農村にある。ボストンはまだしも、インドの農村で同時にはじめたのはもちろん訳がある。「世界の周縁の人こそ、先端技術を真に必要としている」というファブラボ創設者ニール・ガーシェンフェルドの信念がにじみ出ているのだ。これは『イノベーションのジレンマ』著者クレイトン・クリステンセンの「途上国が多くの破壊的イノベーションにとって理想的な初期市場である」という考えにも通ずるものだろう。ソフトバンクはインドのBharti財閥の御曹司と組んで、インターネットにアクセスしたことのない農村部の約11億人をターゲットとしたモバイル事業をスタートさせている。これは本書とは関係ないが、気になる動きだ。
インドのファブラボではローテクからハイテクまで手に入る材料や技術であればなんでも活用して、生活に必要なありとあらゆるモノを作っている。貯水のためのビニールシート、新聞紙でできたレンガ、インターネットの無線アンテナまでつくってしまう。ファブラボでは「つくる人」と「使う人」が極力分断されないよう、使う人自身がトライアンドエラーで一歩一歩ものをつくっていく。ガンジーがかつて唱えた「マス・プロダクション(大量生産)」から「プロダクション・バイ・マス(大衆による生産)」への流れが現実化しているともいえる。期待しすぎかもしれないが、ここから新たな『理系の子』があらわれる萌芽がありそうだ。
本書では著者のMITでの授業体験記、日本でのファブラボのストーリー、著者と関係者の対談など多様な観点からファブラボとファブライフが語り尽くされているが、どうしても惹かれてしまうのはファブラボが考えているものづくりの未来だ。
現時点でのファブラボはデスクトップ&デジタル・ファブリケーション技術を用いて、素材を加工している段階だ。これはファブラボ1.0と呼ばれている。「ラピッド・プロトタイピングからリピート・プロトタイピングへ」「デジタル・マテリアリティとテクスチャリティ」「オープンソース化」「適量生産・変量生産」の4つのキーワードを軸に、デジタルを介在させるファブリケーションとクラフトや工芸との違いを鮮明にしている。ものづくりやデザインから距離のある人には、どれも聞き慣れない言葉である。非常に手抜きで申し訳ないが、気になる人はここはぜひ、検索!してほしい。
近未来であろうファブラボ2.0のコンセプトは工作機械の自炊である。工作機械を使う場所からつくる場所へと変遷していく。3Dになると素材と加工の組み合わせが数えきれないほど考えられるので、多様な3Dプリンターが登場していく。つい先月のアメリカのものづくりイベントでは数多くの自作3Dプリンターが登場していた。地域にある素材や環境に適合した3Dプリンターが生まれつつあるが、その代表例が砂漠の砂と太陽の光と熱を使ったマーカス・カイザーのものだ。
http://player.vimeo.com/video/27002363
ファブラボ3.0は「つくる」だけでなく「もどす」こともできる。それは部品よりも限りなく小さいミリ単位の構構成素をモジュールとして利用することで実現する。例えるなら、極小サイズのレゴブロックのようなもので組み立て・分解ができる。そのレゴブロックのようなものはケースバイケースで素材を取り替え、耐久性も可変的にすることができる。先駆的な取り組みとして日本のファブラボでは素材に生分解性プラスチックを利用して、物理的に粉砕したり、化学的に溶かして還元する手法も開発中で、研究室レベルでは完成の目処がついている。
ファブラボ4.0はほぼあらゆるものが自律的につくられ、動いていく、現時点でファブラボの考えうる最終形態だ。極小のレゴのようなモジュールに、コンピューターとアクチュエーター(機械の作動装置)が埋め込まれ、それらが自律的に動き、自らを組み立て、更には色を変えながら、生物のように自らを構成していく。別名「プログラムできる物質」だ。この延長線上にはアメリカの超長寿SFドラマ『スタートレック』のレプリケーターが誕生する可能性を秘めている。レプリケーターが一家庭に一つ普及している未来、それが冒頭で紹介したドイツポストの動画にも登場する。ファブラボ4.0が実現すれば、物流のパラダイムも大きく変わるだろう。
現時点ではファブラボ2.0から4.0は研究段階であり、実際に社会にどう適合していくかは誰にもわからないと著者は述べている。このムーブメントは混沌とした黎明期で、手探りの実践が続けられ日々進化している。社会の他の技術や文化の変化と混ざり合い、触発し合いながら、進化していくファブラボの今後に期待したい。
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2010年、本のキュレーター勉強会に応募したときに書評を書いた。ガンジーのアクティビティーを経済学的に再評価した本。大衆による生産も。ちなみに、最近、海外でガンジーの新伝記が発表され、両性愛を示唆した内容が物議を醸し出している。ちなみにインドではガンジーを憲法や国旗と同格の立場で扱っており、ガンジーに対するいかなる侮辱的行動も禁固刑の対象となるそうだ。
先日のEconomistでも話題になっていた第三次産業革命。翻訳版が待望の登場。1ヶ月強、待ち遠しい。
Webの連載を書籍化したもの。著者と柄沢祐輔の対談がもっとも刺激的だった。
FabLifeが体験できる拠点も最後に紹介。ずっと行こうと思っていけてなかったが、そろそろ重い腰を上げるときがきた。
鎌倉(FabLab):http://fablabjapan.org/kamakura/
つくば(FabLab):http://www.fpga-cafe.com/
渋谷(Fabcafe):http://www.fabcafe.com/