新聞報道によると、佐渡のトキ保護センターから放鳥されたトキが、初めて育雛に成功し、もうすぐ3羽のヒナが巣立ちを迎えるという。これは自然界では38年ぶり。絶滅直前であったニッポニアニッポンの状況が、ほんの少しだけど、しかし大きく前進したことを意味する。(これを書き終わった途端、巣立った!というニュースが入った)
(読売新聞から)
『50とよばれたトキー飼育員たちとの日々』は、奇跡のようなタイミングで出版された本である。著者は朝日新聞の記者。2007年に佐渡島駐在となり、トキ保護センターの取材を開始した。ちょうどそのころ、第1回目の放鳥の準備が進められており、放鳥候補生が選ばれたところだった。
ケージを出て自然界で生きていくことが、トキにとって幸せなのかなあ。聞いてみたいな。トキはいま何を考えているんだろう
所長の言葉に、鳥と飼育員との日々にフォーカスを当てて取材することを決意した。トキにも個性があり、獣医や飼育員はその個性を見極めて対応している。その関わりを紹介すれば、きっと放されたのち一般の人が見かけたら、親近感がわくだろう。そう思って企画をあげたがボツ。諦めきれない著者は取材を続け、この本の誕生となったのだ。
主役は“50”というメスのトキ。新米の飼育員だった中川浩子さんが、ケンカしているつがいの“友友”と“洋洋”の間に割ってはいったとき、突然メスの“洋洋”の産卵が始まってしまった。夫の暴力から逃れて止まり木にいた妻は、巣の中に卵を産み落とすことができない。このままでは落下して割れてしまうと判断した中川さんがとっさの判断でかぶっていた帽子に卵をキャッチしたのだ。
本来なら割れていた卵は、幸運にも受精卵でありながらさかごであった。私は不覚にも鳥にもさかごがあることを知らなかったが、これが原因で多くのヒナが生まれずに死ぬそうだ。しかしこいつは強運の持ち主。早い段階でわかり、獣医師がつきっきりで、5ミリずつ殻を割り無事に誕生させたのだ。
この保護センターで生まれた50番目のヒナだから、名前は「50」。彼女はやがて62という伴侶を得て、たくさんの卵を産んでいく。
ドメスティックバイオレンスを繰り返すオスがいる。羽に障害を負ってほかのトキを寄せ付けず、人間だけに甘えたヤツもいる。仲良し兄弟の話や、一人っ子の弊害などまるで人間社会を覗き見ているような気持になる。
飼育員の中川さん、獣医師の金子良則さんや和食雄一さんたちが、一羽一羽に気遣い大切に育てていく日常は、仕事という枠を超えている。だからこそ、病気や事故で亡くした時の喪失感は大きい。
日本育ちの最後のトキ「キン」は有名だった。中国から一組のペアが贈られるまで、絶滅種の象徴でもあった。15歳が寿命といわれるトキの中でキンは35歳という驚異的な長寿を誇った。緑内障になり、止まり木にも止まれず、嘴で地面を付いて体をささえるほど衰えてしまったキン。愛情深いトキはペアになるとお互いの頭の後ろを撫であう。中川さんは一人ぽっちのキンに寄りそい、頭の後ろを撫でてあげた。するとキンはゴロゴロと喉をならし、体を預けてきたという。
キンの最期は壮絶だった。2年も飛ぶことがなかったというのに、眼も見えないというのに、早朝、首をまっすぐ伸ばして飛び立ち、4メートル先のドアに激突。即死だった。
飼育員は悲しみをこらえ解剖する。死からしか学べないことがたくさんある。これから巣立つ若鳥のために、野生で生き延びさせるために。
50とよばれたトキも事故死した。もうすぐ野生に放たれるという直前だった。
本書にはいたるところに、カバーに描かれたがんも大二のイラストが挿入されている。時にはページを突き抜け、ときには真っ黒な紙に目玉だけ浮き上がって、トキの表情が描かれている。それがとても微笑ましい。
野生に放たれたトキの二世、本当の野性児たちが今年誕生する。みんな元気に育って、きれいなトキ色の羽を翻してほしいと願う。
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猛禽類などの治療にあたる獣医師。