「たけしの誰でもピカソ」の北野武さんは、以前アーティストについて「芸がよければ王様ですら言うことを聞く」と言っていた。ヨーロッパの宮廷には王の側近に道化がいた(宮廷道化師)。城の中にはイエスマンしかいないので、道化はその組織と制度に属さず、一歩離れた視点から国や王の行動を観察し、冗談を装いながら批判し、時には王をいさめていた。これは豊臣秀吉に対する千利休と同じ立ち位置だ。
ところでキュレーターという言葉はHONZでは馴染み深いが、今回紹介する本は現代美術におけるキュレーターの話だ。キュレーターの仕事といえば、アーティストの発掘を思い浮かべるかもしれないが、それ以外の重要な業務に展覧会の企画がある。これはキュレーターが現代美術と社会の橋渡しをする重要な役割を担っている。展覧会における仕事は、テーマの考案、参加アーティストとアート作品の選定、展示会場の能力を充分に発揮するような作品の設置、メディアへの執筆などさまざまだが、何よりも作品の裏舞台という私達が展示会では知り得ない世界を垣間見る事ができる。
本書は著者がこれまで手がけてきたパブリックアートや展覧会について、時系列で綴ったエッセイだ。マシュー・バーニー、ジャスパー・ジョーンズ、ドナルド・ジャッドという大物作家の名前が頻繁に出てくる。この時期はこういう作風が主流で〜こんな作家が注目されて〜、その作家は何を言わんとしていたか〜、その後どういう反響があったか〜、など世界を舞台に仕事してきた氏の発言から得られるものは多い。そして何より人間の考える事は実に多様で面白いと感心してしまう。
アートとはなにか、その問いは一見難しく答えもさまざまだが、その世界にはユーモアがあり、ちょっぴりの嘘や批判もある。紹介される展示は知的なゲームでもある。ありふれたイメージを変容させて、人々の感性を触発するアイディア。鑑賞者がアートと交わり呼び覚ます新たな知覚は道化の芸そのものではないか。
そしてアートは毒にもなる。そこは哲学と同じだ。毒はまれに薬になる。批判の毒が強ければ、道化は王の怒りにふれ、命を落とすかもしれない。その批判者としての役割を、アートは現代社会での中で果たす。社会がその妙薬を飲むも飲まぬも自由である。しかし、社会が芸術が発する批判を受け入れるべきか否かという問題に直面する時、対応の仕方がその社会の文化の深さに直結する。
著者はキュレーター歴30年の大ベテランであり、現在は森美術館の館長だ。これまで世界各国の美術展でコミッショナーやディレクターを歴任してきた。銀行員だった著者は会社を辞め、ヨーゼフ・ボイスに衝撃を受けそのまま美術の世界に入った。ボイス自身は戦闘機乗りだったが、ロシア空軍の攻撃により負傷し、タタールの遊牧民に命を救われた経験を持つ。タタール人は瀕死の彼の体にバターを塗り、フェルトでくるみ、ボイスは九死に一生を得た。この後彼はアーティストになる事を決めたという。以来、ボイスはバターやフェルトなど有機的な作品を創るようになるのだが、著者曰く彼の作品には「神が宿っていた」そうだ。手がける作品はまさしく「神は細部に宿る」と思わせる作品だったらしく、綺麗というレベルを超えていたそうだ。残念なのは、別の機会(フランスでの展示)でボイスの回顧展で同じ作品を再現した時、その感動は味わえなかったらしい。神業のインスタレーションとは、その時一瞬しか生じない即興パフォーマンスのようなものかもしれないと語っている。これは歴史の中に生まれた創造精神を一瞬だけとらえ、表現する手法になるのだが、ダンスに非常に似ているので面白い。
とりあげる展覧会は大都市から砂漠、アジアの隆盛などテーマは多岐にわたるが、読むだけで世界中の良質な美術館にいったつもりになる。おぼろげでも「アートってこういうものかな」という輪郭が見えてくるので、少しでも美術館の雰囲気が好きな方にはぴったりだ。各章の合間に写真がはさまれているので、イメージも浮かびやすい。
日本人でも宮島達夫というユニークな作家がいて、「家プロジェクト」という日本家屋の畳をはがし、水を張り、カウンターのリズムを沈めた作品を作り恒久装置とした作品がある。それぞれのカウンターリズムは、一個ずつ地元の人が決めたそうだ。この試みは非常に面白いと思う。こういった参加型のパブリックアートがもっと増えれば、たとえ無機質な空間でも明るいエネルギーに溢れるようになるだろう。ちなみに彼の作品は今、世界中で見ることができる。
最近の現代アートには、体験型の展示が多くなってきた。その度に、それぞれの作家に「こういう考えもあるのか」と発見がある。もちろんアーティスト個人の意見なので、わからないものがあっても大丈夫だ。なにより自分以外の表現に興味を持つことは、全然価値観が違う深く広大な世界を見る事ができる。きっと自分の器を広げるだろう。
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ゴシック、幽玄、アルカイック、センスにまつわる用語がアートシーンによく出てくるが、じゃあひとことで何?って説明しようすると詰まってしまう人のための用語解説書。後半は「わび、さび、婆娑羅」など日本人でもいざ説明しようとすると難しい言葉について良くまとめられている。ハイ!大人のお勉強タイム、スタート。
以前、紹介した現代アートについての考察本。私も当初、現代アートはわかりにくいと感じたが、著者のいう”なぜ?”を大事にすることが、現代アートを身近に感じるためのヒントであると言うのが最近理解でき楽しい。