ヒトをヒトたらしめていることの一つに、農業を営むということがあげられる。狩猟採集から農耕定住へと進化することで、食料の安定性を確保し、文明への新たな一歩を踏み出しのだ。
しかし動物の中にも農業を営むものがいるとは、知らなかった。しかも農業を始めたのが、人類よりも何千万年も早いのだというから驚く。それが本書で紹介されているハキリアリという生物だ。
もしも生物学者が会議を開いて「動物界の七不思議」を決めるとしたら、ハキリアリは絶対に外せない ― 著者にそうまで言わせるハキリアリは、中南米の本土では頻繁に見かけることができる昆虫だ。
著者はピュリッツァー賞を受賞したこともある人物。集団全体で一個の動物のようにふるまう、超個体としてのハキリアリの生態を、見事に描き切っている。
ハキリアリたちは葉を切り取り、傘を差すような格好で背中にかつぎ、大行列を行う。そしてバケツリレーのように葉を受け渡しながらコロニーに持ち帰り、糊状の物質を作り出すのだ。それをコロニーの壁の材料とし、そこに生えてきた菌類を食べることで、彼らは生きているのだという。
これを可能にしているのが、彼らの階級制度である。特徴的なのは働きアリの中でも体の大きさやつくりに著しい違いがあるということだ。一番小さい働きアリと超大型の兵隊アリは、頭の幅にして約200倍の開きがあるのだ。この体型の違いによって、作業が各クラスターに振り分けられいてる。
この分業体制は、具体的には以下のようなフローで事が進む。
①中型サイズの運び係が、葉を切って巣に運搬する
②それより少し小型のアリが、噛み切って細かくする
③さらに小型のアリが植物片を押し固めて粒状にし、糞を落とす。
それから、すでに作られた菌園の土台に新しい粒を足す
④もっと小型のアリが、菌糸のかたまりを抜いて新しい畑に植えかえる
⑤最後に最も小型のアリが菌園をパトロールする。
このような複雑な活動を行うだけに、コロニーも非常に大きい。部屋数は8000個近くにまで及び、巣の深さは地下7〜8mにまで達しているものもあるのだという。
図版や写真も多く、何度読んでも飽きない一冊である。そして読了後は、絶対にハキリアリの実物を見たくなるはずだ。ちなみに中南米まで行かなくても、東京の多摩動物公園で見られるそうなのでご安心を!