著者はイラン人の吉本芸人だという。テレビで見たことはない。ググってみるとラジオでも放送できないほどのイラン自虐ネタを持ち出すため、主にステージで活躍しているという。本書はそのステージを見た編集者が、こりゃあ売れるとまさにネタを膨らましてまとめたのであろう。たしかに大笑いできるのだがテレビでは放送できそうにもない。それどころか著者はイランに再入国できるのだろうか、暗殺指令はでないのだろうかと心配になるほどだ。
1980年生まれの著者がイランに住んでいたのは子供のころの10年間。それ以降は日本に住んでいるという。そのため、本書のなかで自分が見たというエピソードは、20年以上前のイランの笑い話ということになる。とはいっても、ホメイニー師によるイラン・イスラーム革命は1979年だから、著者が見ていたイラン社会は今よりもまだ西洋に近かったはずだ。
著者は日本人がイランに対して抱く「危険なテロリスト国家」というイメージを払拭し、じつはイラン人は日本人が大好きで、陽気な人たちだと伝えたかったらしい。たしかにその試みは成功しているようだ。イラン人が陽気だということは良く判った。しかし、イラン人に生まれなくて本当に良かったと思ってしまうエピソードも満載なのだ。とりわけシャリア法の刑罰と女性に関する記述は凄まじい。
ともあれ、全ページにわたってかならず漫才ネタが入る。ここはたぶんホント、ここはネタと判断する能力も養われるであろう。しかし多少の誇張があったとしても、イラン人とイラン社会の雰囲気は良く判る良書だ。これからイランまたはイスラム圏に関係する人は読んでいて損はない。外国人の専門家がリスペクトと善意をもって書いたイラン入門書とは対極にある本だ。
ちなみに目次と追うと、イスラムの5大義務「喜捨、礼拝、証言、巡礼、断食」、豚肉とラマダン、バザール、恋愛、シャリア法、学校と階層社会、シーア派とスンニ派。ぞれぞれの章に「聖地わくわくスタンプラリー」「ラマダン中はグルメ番組禁止!」「おつかいで養う交渉術」「合コンは命がけ」「学内カースト制度」「アラブとイランは仲よくなれるか」などの小見出しがある。
エンディングトークの一節が印象的だった。「こんなことを書くとイラン政府から非国民と呼ばれるかもしれないが、あれだけ圧倒的な武力を持っているのに抑止力程度しか使用しないアメリカは素晴らしいと思う。もし、ロシア、イラン、中国みたいな国家がアメリカほどの戦力をもっていたら、今ごろ人類はどうなっていたのだろうか」
アメリカはベトナム、朝鮮半島、イラクなどで著者が言う抑止力以上の武力行使をしたことこそが歴史上の事実だ。しかし、その当時のソ連、イラン、中国のどれか一か国でも現在のアメリカほどの比較優位武力を持っていたとすると、人類史はまったく違ったものになっていたのかもしれない。