2011年 HONZ 今年の1冊

2011年12月31日 印刷向け表示
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本に限らず、年末になると「今年のベスト」を選ぶ企画が登場する。HONZもこれにならって、ベスト本を選定しよう、ということになった。なにしろ(かなりダブりはあるものの)メンバー全員で年3000冊以上は目を通している。相当に良い選本ができるはずだ。

ところが、いずれも本へのコダワリがあまりに強すぎる変わり者であるがゆえ、1冊どころが10冊に収めることさえ難しい、という事態に陥る。そこで議論を重ね、一人1冊選ぶ、というところに落ち着いたものの、呆れたことに、その1冊だけというのも無理というのだ。本への愛が強すぎるゆえ、一つだけ選ぶなんてできない、というわけである。 

などなどいろいろ紆余曲折あって、「◯◯な」という前提条件をつけたうえで、一人が1冊選ぶ、というところに落ち着いた。それでも皆相当に悩んだらしく、なかなか私のところ原稿が来ない。年の瀬も押し迫り、やっと発表できる次第。出版不況というが、今年もいい本がいっぱい出たとつくづく思う。書き手、翻訳者、装丁家、編集者、営業の人、書店員さん、みなさん本当にありがとう。

内藤順  今年「最も読み返した」1冊

フェルメール 光の王国 (翼の王国books)

作者:福岡伸一
出版社:木楽舎
発売日:2011-08-03
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本は早く読めるに越したことはないと思っている。そして、一度読んだ本を再び手に取ることは少ない。そんな僕が、今年最も時間をかけて、何度も読み返したのが『フェルメール 光の王国』だ。 

フェルメールのフェの字も知らなかった僕を惹きつけてやまないのは、本書で呈示されているモノの見方にある。絵画という美術の領域を、科学の視点で眺める。その分野を超越した斜め方向からのモノの見方が、エンタテインメントの域に達しているのだ。

”フェルメールの作品が所蔵されている美術館に赴いてフェルメールの作品を鑑賞する”

本書のテーマはごくシンプルなのだが、分子生物学者の福岡伸一は、光のつぶだちに粒子を見出し、絵にする瞬間の刹那を微分になぞらえ、描かれた人物の関係を動的平衡で説明してみせる。

このモノの見方さえあれば、僕にとっては題材がフェルメールでなくてもよかったとさえ思う。ただし、同時代の人物による題材である必要はあっただろう。科学と芸術と哲学が同じ夢を見ていた1600年代。当時の人々は、後に人為的に引かれる分野の壁など関係なく、自由な角度でモノを捉えることが出来ていたのだ。僕もそんな捉え方でレビューを書けるようになりたいと、常々思っている。(※成毛眞によるレビューはこちら

村上浩 今年「最強の」1冊

木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか

作者:増田 俊也
出版社:新潮社
発売日:2011-09-30
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天邪鬼なので、皆の予想を裏切ったり、斜め上を行ったりしたいと常に考えています。「あー、やっぱり」「まぁ、そうだよね」と言われそうなので別の本にしようかとも思いましたが、1冊だけと言われればこれ以外ありません。

レビューにこれでもかというくらい書いたし、既にかなり増刷がかかっているし、皆さん読了しているはずなので、内容については申し上げません。読み始めれば血液の温度が上がり、読み終わるまで眠れなくなりましたよね。よく分かります。私などレビューを書いてから2ヶ月以上経ちますが、気がつけばこの本のことを考えてしまい、仕事に支障が出かねない有様です。

まさかこの本を読んでない人はいないと思いますが、もし読んでいないのであれば、お年玉を握り締めて本屋へ駆け込みましょう。

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土屋敦 今年の「にょろり」な1冊

旅するウナギ―1億年の時空をこえて

作者:黒木 真理
出版社:東海大学出版会
発売日:2011-08
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「にょろり本」といえば、過去にこんな本こんな本など、多くの良書を生み出してきた人気ジャンルであるが、今年の「にょろり」本界の戦いも熾烈であった。いや、これは今だから言えることで、実は2月にあの青山潤氏第2作目が出ると聞いたときは、堂々の本命登場、今年のにょろり本はコレで決まりと誰もが思ったはずだ。

が、しかしである。今年の土用の丑の日の前日に本書が突如として出版され、業界の話題をさらい、多くの賞賛の声(私の周囲では私を含めて約2名)を巻き起こしたのである。 

アリストテレスがその産卵を調査して以来、二千年のときを経て2009年にようやく天然卵の発見に至るわけだが、それを受けての出版であろう。孵化の瞬間から儚げなプレレプトセファルス(前期仔魚)、美しいレプトセファルス(葉形幼生)の写真を存分に楽しめ、地球をめぐる一生の旅の様、養殖技術や漁法、食べ方、美術に文学、図案、神話などがふんだんな図録や写真と共に紹介される。皮を加工した靴夜のお菓子、懐かしい長鼻くんも載っている。もうお腹いっぱい、というぐらいに「にょろりな世界」を堪能できる一冊だ。

山本尚毅 今年「一番カブって悔しかった」1冊

宗教を生みだす本能―進化論からみたヒトと信仰

作者:ニコラス・ウェイド
出版社:エヌティティ出版
発売日:2011-04-22
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今年のGWはこの本に費やされた。被災地石巻へ向かう新幹線の中で読むも、都内に戻ると村上浩によってアップされていた、残念。 

今年HONZに参加してみて地味に驚いたのは、歴史や文化史に関する本の多さ! ヌードル、スパイス、炎、手術機械、居酒屋、自己コントロール……。来年もこの手の本は数多く出版され、紹介されるだろう。タイトルには明示されていないが、本書も宗教行動を文化史的に辿っている。また、進化論的側面から『利己的な遺伝子』の著者リチャード・ドーキンスの宗教に関する議論をこじつけではないかと大胆に迫る。このように宗教と進化論、文系と理系で隔てられた二つのカテゴリーを行き来しながら、三大宗教の起源を探り、宗教の未来を探っていく。数多くの書評されなかった本の中で最もおすすめだ。

久保洋介 今年「一番コストパフォーマンスの高い」1冊

「人類最古の文明、メソポタミア文明が滅びた理由」「ローマ帝国では水車が使われなかった理由」「ヒトラーが第二次世界大戦に負けた理由」みなさん、ご存知だろうか。これら理由は全てエネルギー問題に関連しているそうだ。本書を読みながら何度も「へー」と呟いたり、「なるほど」と膝をうったりした。 

本書をオススメする理由は、なにも内容が面白いからだけではない。他と比較した際に圧倒的なのは、コストパフォーマンスの良さである。本書は、人類とエネルギーの歴史という骨太なテーマを扱う(本書の後半部分)。普通、この種の本は5,000円くらいの分厚い本になることが多い。ところが本書はそれと同じだけ価値ある内容をたった777円で、しかも100ページ程にまとめているのだ。お買い得すぎる。

いつか破滅するのではと思いながら今年も相当な金額を本につぎ込んでしまった。買った本のほとんどは数ページ読んで平積みしたままであり、コストパフォーマンスはかなり悪い。年の瀬にコストパフォーマンスの良い本書を再読して、「全体でみると元はとった」と自分を納得させようと思う。同じような心境の方がいるとすれば、本書がオススメである。

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東えりか 今年の「永年の謎が解けてすっきりした」1冊

鴎外の恋 舞姫エリスの真実

作者:六草 いちか
出版社:講談社
発売日:2011-03-09
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森鴎外といえば『舞姫』である。ヒロイン「エリス」が誰で、鴎外との関係はどうだったのか、という研究は多く、「写楽は誰だ」と同じぐらい論じられてきた。 

しかし今年、その疑惑に終止符が打たれた。本書は、ドイツ在住のライターである著者が、ひょんなことから関わり調べ上げたものだ。過去の研究で恋人が来日していていることは分かっていた。乗船名簿から「Elise Wiegert」という名前も割り出せた。当時のベルリンの住所帳をあたり、教会公文書館に足を運び、親切な担当官や思いがけない出会いによって謎がほどけていく。どんでん返しの連続。 

それにしても鴎外は情けない。愛する男を追い来日した彼女への仕打ち! 

こんな顔して、ええい、腹の立つ。

ともかくも、永年の謎が解けすっきりしたのは間違いない。

新井文月 今年の「限界を超える」ための1冊

アイ・ウェイウェイは語る

作者:アイ・ウェイウェイ
出版社:みすず書房
発売日:2011-11-02
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本書は中国政府と闘い続けてる現代アーティストの評伝だ。著者アイ・ウェイウェイによれば、1970年代後半の中国では美術についての本がほとんどなかったそうだ。個人が本を有すること自体を国が禁止していた。しかし彼は1970年~80年代にかけ中国にダイナミックなアヴァンギャルドをもたらした。彼の言葉は力強く、至極の言葉が何度も登場する。本書の気になる箇所に付箋を付けていたら、すごい数になりフサフサになってしまった。

中国魏王であった曹操は、万里の長城を指してこう言った「この長城はとても広大で圧倒的な力を印象づける。しかし同時に、実力の限界はここまでとも表している」私達は生きていく上でしばしば困難に遭遇する。困難は言い換えれば抵抗でもあるが、その抵抗自体がないと前進することは不可能だったりもする。読み進めていくと、限界に挑戦する事を制御しているのは実は自分自身かもしれないと思うようになる。 

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鈴木葉月 今年の「最もクセ者ぞろい」な1冊

スエズ運河を消せ―トリックで戦った男たち

作者:デヴィッド・フィッシャー
出版社:柏書房
発売日:2011-10
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今年、私が読んだ本の中で最も「読ませる」1冊だ。第二次世界大戦の北アフリカ戦線、屈強のナチス・ドイツ軍を相手に回し、不敵にもマジックで立ちはだかったイギリス奇術師とクセ者ぞろいのカモフラージュ部隊の”奇”襲の数々。舞台も役者も超”B”級で、鉄板エピソードのオンパレードだ。『坂の上の雲』も良いが、『坂の上の坂』を生きる我々は、彼らの「したたかさ」や「開き直りの姿勢」からこそ大いに学べるものがあるはずだ。ちなみに訳者の一人、金原瑞人氏は芥川賞作家・金原ひとみ氏の実父であり、文章の躍動感・立体感も納得という気がする。翻訳文学の傑作としてもおススメの一冊。 

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高村和久 今年の「パラパラ読み」な1冊

アート・スピリット

作者:ロバート・ヘンライ
出版社:国書刊行会
発売日:2011-08-12
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デイヴィット・リンチやキース・ヘリングがバイブルにしていた本、それがこの『アート・スピリット』だ。実はまだ、この本を最初から最後まで通して読んだことがない。作者のロバート・ヘンライはそういう風に読まれていいと思っていたみたいで、はしがきにこう書いている。

実際のところ、ここに並べた意見は、いうなれば壁にかかった絵のようなものである。

この本は、美術の本ではなく、アート・スピリットについての本だ。まだ名前もついていないようなことを始めようと思うときには、この本が背中を押してくれるかもしれません。

では、パラパラと。

きみは私を驚かせなければいけない。きみがすでに私の知っていることばかりいうようなありきたりの人間だったら、きみという人間にそれほど興味はもてない。事態はきみの手にかかっている。できるかぎり深く、自分自身と付き合うことだ。自分に問いかけよう。そのうち、なんらかの答えが返ってくるだろう。

それは意外な答えで、ショックを受けるかもしれない。

私が敬意を払うのは、思想をめぐって苦闘する人びと、情熱と畏敬の念をもって新たな道を切り開く人びとだ。彼らの作品(彼らの苦闘と発見の記録)は、じっくりと眺め、大切にすべきものである。過去の人であれ、今日の人であれ、真摯な芸術家たちの作品に対して、私はそんなふうに感じる。

私が思う最大の幸福とは、曇らない目をもち、奇跡が起きたときにそれを理解できることである。そして、私が最高だと思う現実の人生とは、その時代の日々の生活を冒険とみなし、何かを心から愛し、それについて感嘆の声を上げることである。

栗下直也 今年「まだ私が『フツーの本読み』だったころにすすめ忘れた」一冊

死刑執行人の日本史―歴史社会学からの接近 (青弓社ライブラリー)

作者:櫻井 悟史
出版社:青弓社
発売日:2011-01
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HONZ副代表の東の12月定例会の記事によると、もはや私はHONZの色物担当らしい。セクハラだとかポルノだとかレビューしてたら良くも悪くもイロがついたのか。「フツーの本読み」になかなか戻れそうもない。キャンディーズみたいに引退宣言しても誰も惜しんでくれなさそうだし、悩みが深まる年末だ。

そんな私が今年、すすめ忘れた一冊といえば『死刑執行人の日本史』だ。本書では長く自明であると思われてきた「刑務官による死刑執行」が実は自明でないことを指摘している。死刑制度の是非の議論が長く続いてきた一方、盲点になっていた「誰が殺すのか」を法制度や史的側面から再考している。お正月気分には合わないが一読の価値がある。

さて、なぜ、すすめ忘れたかといえば、定例会に寝坊したからだ。確か3月だった。あの頃は私も目を輝かしてサイエンス本を読んでいたのである。何だったんだろうあれは。まあ、フツーの本読み云々の前にフツーに時間を守りましょうってことだろうけど。

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麻木久仁子 今年の「探偵小説を探偵する」一冊

探偵小説の社会学 (岩波人文書セレクション)

作者:内田 隆三
出版社:岩波書店
発売日:2011-11-10
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2011年ベストセラー総合1位(トーハン・日販)は『謎解きはディナーのあとで』(東川篤哉著 小学館)だった。“探偵需要”は途切れることがないようである。

なぜ人はかくも“名探偵“に魅了されるのか。 

本書『探偵小説の社会学』は、19世紀の大衆市場の誕生とともに出現した探偵小説が、今日に至るまで、近代的大衆の興味と不安をいかにコード化し商品化していったか。あるいはまた、大衆化した社会において喚起された欲望にまつわる罪悪感を、いかに慰撫していくか。探偵小説の社会的機能を読み解いている。「探偵小説を探偵する」とでもいうべきだろうか。社会的不安が増大している今、さまざまな場面において、ますます“名探偵的機能”が必要とされる時代かもしれないと思う。

漱石の『我が輩は猫である』、乱歩の『屋根裏の散歩者』、ドイルの『緋色の研究』、クリスティーの『ABC殺人事件』、チャンドラーなどのハードボイルド等々、おなじみの作品が考察の対象となっており、興味深く読むことが出来る。お気に入りの探偵小説の傍らに置けば、その作品をあらためて読み直すきっかけとなるだろう。 

最後は代表の成毛眞。愛弟子久保洋介とカブっているようで、まったく違うベクトルの「今年の一冊」だ。 

成毛眞 今年「最も1字あたりコストパフォーマンスの高かった」1冊

世界軍歌全集―歌詞で読むナショナリズムとイデオロギーの時代

作者:辻田 真佐憲
出版社:社会評論社
発売日:2011-12
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60万文字で2800円である。1字あたり0.0047円だ。一般的な単行本のフォーマットは40文字X15字X250ページ=15万文字分から余白や図版などを差し引いて10万文字だ。これで1500円だとすると1文字あたりの単価は0.015円。つまり本書のCPは一般的な本の3倍ということになる。43ヵ国・60政権・27言語・300曲におよぶ愛国歌・闘争歌・革命歌・労働歌・宣伝歌などを原文と翻訳で紹介している。翻訳はすべて27歳の著者によるもので、間違いなく世界初の試みであろう。世界に誇る日本の翻訳文化の究極だ。「あとがき」などの地の文に才能を感じる。10年後までには恐るべき書き手になっていることであろう。 

*

ということで、長文にお付き合いいただき感謝。お正月はどっぷりと読書に浸っていただきたい。

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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