正直なところ、私は相当なビビリである。子どもの頃、町内会の肝試しでは集合前に怖気づいてこっそりと家に帰ってしまったこともある。良い年になっても絶叫マシンとお化け屋敷が苦手な私にとって、いまだに遊園地は拷問場でしかない。
しかし立場が逆転し、ひとたび他人を驚かせる身になってみるとこれほどの快感もざらに味わえるものではない。実は、本書もホラープランナーのコンビ「幽霊ゾンビ」による脅かしの逸話が詰まった爆笑本である。
「最恐のオバケ」と呼び声の高い「齊藤ゾンビ」の脅かしは堂に入っている。幼少よりホラー映画に魅了され、たとえ怖くて夜眠れなくなろうとも、留守番時に泣き出してしまおうとも、化け物に食い殺され逃げ惑う人々が最後にはどうなってしまうのかという異様な好奇心から、ホラー映画や心霊番組をリタイアなしで貪るように見続けたという。
高校卒業後、特殊メイクアップアーティストを目指すため代々木アニメーション学院へ進学。卒業前に学院の講師に誘われて訪れた「台場怪奇屋敷」でオバケ・デビューを果たす。天井裏から観察し、「あそこで脅かされるんじゃないか?」「きっとこの仕掛けで来る!!」と怪しいと思うところで身構える客の習性を見抜く。そこをあえて見過ごし、拍子抜けした絶妙の間合いを襲って華やかにデビュー戦を飾るあたり、只者ではない。
そしてオバケだけに、脅かしには”全身全霊”を傾ける。
「・・・・・・ゥゥゥアアアアアアアアアアーーー!!!」
人間離れした甲高い金切り声を上げ、天井の金網を勢いよく叩き、半狂乱の人間を演じるためにステンレスの鎖を壁に叩きつけとんでもない音を会場に響かせるなど、声は枯れ、全身に青アザを作りながらの迫真の演技である。逃げる人間に追うオバケ、双方、死に物狂いだ。
しかし、最も効果的な脅かしのひとつは至近距離からの囁きである。わざと客の目の前まで近づき、光の届かない暗闇に潜む。オバケのサッチャンを演じながら、まさに透明人間状態。気付かず通り過ぎようとする刹那、真横から
「・・・・・・ママ・・・・・・」
と囁き素早くその場を離れると、客は叫び声を上げて駆け出してゆく。大声や大きな物音以上の驚き様だ。
ここで一思案。この距離であれば「ママ」でなくとも驚くのではないか? そこで、とっさに出た一言、
「・・・・・・ラーメン・・・・・・」
すると、客は吹っ飛ぶような勢いで驚いたという・・・・・・。
かたや相方の平野ユーレイは、システムエンジニアとして上場企業で働きながら
「世界一怖いお化け屋敷を、お前が作れ!」
というお告げによってオバケランド建設の夢に目覚め、台場怪奇屋敷の店長として働くことになったという。こちらも異色の経歴の持ち主だ。
店長・運営スタッフとして、オバケ屋敷を切り盛りするのも大変だ。お化け屋敷シーズンの夏のみならず、クリスマスバージョンでは
不況の影響もあって、世の中にサンタクロースを信じる人が少なくなった。”自分の存在意義がない”と、自暴自棄になって首吊り自殺を図るサンタクロース。お客さんはサンタクロースに、存在を信じていることを伝え、自殺を思いとどまるよう説得する
といった、クレイジー・サンタを中心としたミッション・ストーリーを設定。一部の人はドン引きだったが、客の中からは「信じる心」「自殺を思いとどまる希望」をもらったという反響もあり、最近のお化け屋敷は道徳教育にも一役買っているようだ。怖がりでも楽しめる「こわくないモード」コースも登場したらしい。発展途上分野のテーマパークだからこそ、表現媒体として新たな可能性を秘めているのかもしれない。
その他、ビビリの裏返しで「打倒・オバケ!! 出てこいやぁ~」となぜか凄むキケンな客に、恐ろしさのあまりミッション・アイテムである本や生首を返し損ねてしまう客の滑稽な姿、初の海外・台湾進出のドタバタ顛末記など、本書は笑えるネタが満載である。グロテスクなカバー写真と目に留まるタイトルゆえに、電車の中でこれを笑いながら読むと周囲の「危ない人」目線を感じることもしばしばであったが、面白いものは仕方がない。
「ゾンビ幽霊」コンビのお化け屋敷にかける情熱と、笑えるネタの数々。見た目とは裏腹に、清々しい読後感に浸れる好著としておススメしたい。
ここでHONZ人気コーナー「マニアックな3冊」的に、独断と偏見で関連図書を挙げさせていただく。今回は「不謹慎だが笑える3冊」ということでこちらをどうぞ。
法医学者の、死体への愛ある眼差しが微笑ましい。人間、皆いつかは死体になることだし、今から入門しておいても損はないハズ。
美化されがちな山での遭難。その実態は、目に余る杜撰な初心者の準備不足。ABS(=あの・バカ・遭難)に風鈴(=不倫)遭難など、爆笑・失笑モノの困ったさん達が続々登場。
野糞をはじめて35年。野糞をライフワークとする著者。なぜそこまでして? その答えは、本書を読んでのお楽しみ。
(番外編)
言わずと知れた民俗学の名著。ときに、百姓の夜這い話などあからさまな性風習も淡々と綴られているが、素朴な語り口が懐かしく、また味わい深い。