『種の起源』のチャールズ・ダーウィン、大陸移動説のアルフレート・ウェゲナー、『銃・病原菌・鉄』のジャレド・ダイアモンド、『知の挑戦』のE・O・ウィルソン。
言わずと知れた、生物学、社会学、人類学において通説を覆した知の巨人たちであるが、その功績の偉大さ以外にも共通点があることをご存知だろうか。彼らはそれぞれの分野で大きな業績を残す前に動植物の地理的分布についての素晴らしい説を提唱しており、みなが『生物地理学の基礎(Foundations of Biogeography: Classic Papers With Commentaries )』という論文集の著者欄にその名前を連ねているのだ。この論文集には彼ら以外にも様々な分野で科学に変革をもたらした人々の名前がずらりと並んでいる。異なる分野で大きな功績を残した偉人が共通して論文を書いているこの「生物地理学」が本書のテーマである。
物理学における重力(一般相対性理論)と電磁気(量子力学)を結び付ける大統一理論は現在も模索中であるが、この聞き慣れない「生物地理学」という科学分野は生命(進化)と地球(プレートテクトニクス)の大統一理論となりえたのだと著者は説明する。「動植物がそれぞれ現在の場所に生息するようになったのはなぜか?」という問いが科学上最も重要であるという主張はさすがに言い過ぎのような気もするが、この単純な問いに答えるのが生物地理学であり、この学問は我々が生活するこの世界について実に多くのことを教えてくれる。
進化論を思い浮かべると、ついつい「環境に適応した種が生き残るのだから、同じような環境には同じような種が生息しているはず」と考えてしまう。本書のタイトル『なぜシロクマは南極にいないのか』という疑問もこのような思考からもたらされるものだろう。
ハワイの熱帯森林を想像して欲しい。毒々しい色をしたトカゲやカエル、日本にはいないような大きな蚊がうようよしている光景を思い浮かべる方が多いのではないだろうか。しかし、ハワイには土着のカエルや蚊はいない。カエルや蚊だけではない、そもそもハワイ原産の陸生脊椎動物は存在しないのだ。陸生脊椎動物がいないのに、色鮮やかな鳥や植物が豊富にいることも、頭に浮かぶ疑問符を増やすことになるだろうか。この疑問に答えるには、ハワイの環境だけでなく、その場所を考えなければならない。例えば、カエルは泳ぎが得意かもしれないが大陸生まれの淡水の種を祖先に持っており、海水に入るとすぐに死んでしまうのでこの島に辿り着くことはできない。最寄りの大陸から3900kmも離れたこの島に到達できる生物はこの距離を超えられる種に限られているのだ。この考え方を延長すれば本書のタイトルにある問いに対する解も見えてくる。
本書には進化と地理の深い結びつきを示す興味深い事例がたくさんあるのだが、第3章「ピグミーマンモスと謎の島々」から1つ引用しよう。1997年の遺伝子分析によってガラパゴス諸島にいるウミイグアナ属とリクイグアナ属は1000~2000万年前から存在していたことが分かった。しかし、ガラパゴス諸島は300~400万年前に誕生したとされており、島の隔絶された環境に適応するために進化したとすると年代が合わないのだ。この矛盾を埋めるためには、イグアナたちがガラパゴス以外のもっと古い島(南アメリカとガラパゴスのどこかの)に生息していたと考えるしかないが、1000~2000万年前にそのような島があったという証拠はなかった。遺伝子分析が間違っていたのか?そもそもの進化の考え方に矛盾があったのか?長年の間議論されていたこの謎に決定的な証拠がもたらされたのは2003年のことだ。海底山から採集されたサンプルの分析によって、ガラパゴス周辺の島々が少なくとも1700万年にわたって海面から顔を出していたことがわかったのだ。この事例は地域の地質学的歴史を生物学的手法で解明できることを示しており、生命と地球の関係性の深さを垣間見ることができる。
本書の原題は『Here Be Dragons: How the Study of Animal and Plant Distributions Revolutionized Our Views of Life and Earth』であり、「Here Be Dragons」というフレーズはハント・レノックスの地球儀にラテン語で書かれていたものである。この言葉がどのような意図で書かれたかについては諸説あるようだが、この地図を頼りにどれほど丹念に地球上を探し回ってもドラゴンは見つからないだろう。しかし、がっかりする必要はない。目の前に咲いている花がどこから来たのか、その道程と地球のプレートの動きがどのように関係しているのかを知ることはドラゴン探しと同じくらいワクワクするはずだ。
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こちらは地球の中でも「大気」の進化にフォーカスした本。全球凍結の仕組みなどが詳しく説明されている。
こちらは生物の中でも「人」の進化にフォーカスした本。進化が非常に長い時間をかけてゆっくりと進むというイメージが根底から覆される。