いまや国民の6人に1人がかかるとも、40代以上の3人に1人がかかるとも言われている糖尿病。この病気の恐ろしさは、それ自体というより、血管の内皮機能が障害されて起こるさまざまな合併症にある。足の傷から潰瘍になり、感染を起こして下肢切断を余儀なくされることも多いのだ。
今、それらの潰瘍を全く意外な切り口、かつ単純なやり方で治癒する方法に注目が集まっている。それは信じがたいことに、ウジ虫を使う治療法なのだ。マゴットセラピーと呼ばれるこの治療法では、従来は治らなかった足の皮膚潰瘍が治癒し、下肢切断を回避できるケースもあるのだという。
この治療に用いられるウジ虫は、クロバエ科に属するヒロズギギンバエの幼虫。しかも治療法は、除菌したウジ虫を皮膚潰瘍部に閉じ込めて数日毎に交換するだけである。一体、どのような仕組みで治癒へと至るのだろうか?
皮膚は、外側から内側にむかって角質層、表皮、真皮、皮下組織というバームクーヘンのような層状の構造をなしている。真皮まで失われた皮膚潰瘍の場合、その上をしばしば白色調もしくは黒色調の壊死組織が覆う。通常の治療では、これを人工的に取り除くことにより、肉芽組織が形成される。
これに対してマゴットセラピーの場合、桁外れの食欲を持つウジ虫が全てを代行してくれる。マゴットは、傷の腐ったところだけをきれいに食べ、ついでに細菌もやっつけてくれ、やがては治癒へと至るのだ。
この治療法の歴史にもまた、味わい深いものがある。古来数千年前から、オーストラリア先住民族のアボリジニ族や中米の古代マヤ族などにおいて、傷の治療のためにウジ虫を利用していた痕跡が見つかっている。
近年で注目が集まるのは、1917年の戦場において。二人の負傷兵が大腿部を開放骨折し、腹部などにもかなり深い外傷を負っていた。ところが二人ともなぜか発熱はなく敗血症のような全身の感染症もない。驚いた医師が傷口を覗き込むと、なんと何千匹もの数え切れないウジ虫が、うじゃうじゃと山のように湧いて動き回っていたのだ。
この出来事をきっかけにマゴットセラピーの研究は進展をみせる。だが、そこからの歩みはまさに一進一退だ。1940年代以降、抗生物質の普及によりマゴットセラピーは急速に下火になったかと思えば、数十年の時を経て、抗生物質では治癒できない細菌が見つかり、再び注目が集まり出す。マゴットセラピー確立までの歩みは、まさに再発見の歴史なのである。
たしかにショッキングで、ギョッとするような治療法ではあるだろう。だが、きわめて現代的な慢性病によって引き起こされた疾患を、太古から連綿と受け継がれてきた方法で治療するとは、何とスケール感の大きな話だろうか。そのドラマチックさと、自然のもつ治癒力の高さに驚きを隠せない。