著者インタビュー『父と息子のフィルム・クラブ』デヴィッド・ギルモア “映画は最高の先生だった”≪新潮45 2012 12月号掲載≫ 

2012年12月6日 印刷向け表示
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父と息子のフィルム・クラブ

作者:デヴィッド ギルモア
出版社:新潮社
発売日:2012-07-20
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世界中が中二病に悩んでいる。思春期の少年を持て余し、どうしたらいいか途方に暮れている親御さんも多いだろう。同じ悩みを共有し、多くの同感を得て24か国語に翻訳された『父と息子のフィルム・クラブ』の著者にインタビューの機会をいただいた。HONZ内藤順のレビューとミステリマガジン12月号に書いた私のレビューを先に読んでいただくと解りやすいだろう。

巨漢だった。『父と息子のフィルム・クラブ』の著者、デヴィッド・ギルモア氏は190センチはあろうかという立派な体格で、映画俳優のような白髪のハンサムだ。笑顔が女心をくすぐる。

東えりか(以下東) 日本は初めてということですが印象はいかがですか?
ギルモア(以下ギ) お世辞じゃなく私好みの街だね。こんなふうに外国の街に対して感じるのは、アムステルダム以来だ。日本に来る前、釜山のフィルムフェスティバルで審査員を務めていて、拷問のように10日間、1日4本映画を見なければならなかったんだ。日本に行けると思って受けた仕事だけど。

 それは嬉しいですね。ところで息子さんのジェシーはどうしていますか。
 26歳になったよ。彼は最初の小説を書き上げたばかりなんだ。書き上げたからといって出版されるかは別の話だけどね。多分、あちこちにノーと言われて作家の恐怖を味わっているだろう。ジェシーは本を書けば私のように、宣伝で世界中に旅行に行けると考えていたようだけど、そこにたどり着くまでに30年かかったんだ。物書きは短距離選手じゃない、長距離を走り切らなくては。今、彼は夜はコック、昼間は創作活動をしているみたいだよ。

 日本のシェフの下についたと書かれていましたがどうなりましたか。
 残念ながらダメになってしまった。日本の板前やフランス料理のシェフは軍隊のように上下関係を大切にするだろう。命令に対してイエスとしか言えないのは彼の自我には厳しすぎたようだ。でもお手製のディナーを振る舞うときには結構日本料理も出しているらしいんだ。カナダ人の青年で日本料理の夕食を作れるのはジェシーぐらいだろう。
 料理はできるし背は高いしハンサムだし、それにとても頭がいい。
 彼はあくまでストリートスマート。人生の賢さ、現場の知恵をたくさん持っているんだ。私は週2日、大学で教鞭をとっているんだがインテリの意見より息子の知性を信頼しているんだ。

 「フィルム・クラブ」ではお父さんの薦める映画だけで、新作はまったくありません。それはどうしてですか?
 私が本当に愛している映画、あるいは過去に愛したことのある映画だけをきちんとレクチャーするためなんだ。やり方は決まっていて、リビングルームに二人で腰かけて、まず作品の紹介をする。見た後もポイントを指摘して話し合う。映画館で見るのとは全く違う方法だし、退屈とは無縁の教室だったと思うよ。
 最近も一緒に映画を見ますか?
 ときどきは。「フィルム・クラブ」が終って七年。小さいころは親が子供の宇宙の中心だけど、いつの間にか一緒に飯を食うために二週間先の予約を入れなきゃならなくなってしまったよ。

 今では仲間みたいな付き合いを?
 いや、違う。大切なのは私とジェシーは友人じゃない、ってことなんだ。父と子が友達になろうとするのは間違いだと思う。「フィルム・クラブ」がうまくいったのは「おれが父親、おまえは子供だ」ときちんと境界線を引き絶対に踏み越えさせなかったからだと思うよ。
 しかし本書の中でジェシーは性体験の相談までしています。日本ではあまりない話だと驚いたんですが。
 カナダでもそんなことめったにないよ。親として息子とセックスなり愛について語るときは観念的に話すべきだと思う。昨晩の行為を話す相手は友達だろう。だから積極的に相手はしなかった。子供はルールや規則を必要としているんだ。当然それに文句をつけるけど、彼らは枠組みの中でこそ安心できるんだ。

なぜドロップアウトが増えたか

 日本でもおちこぼれは問題になっていますが、カナダでもそうですか。
 多分、西側の世界に共通する傾向なのかな。この本は24カ国語に翻訳されたんだが、特に北米やヨーロッパでは大きな問題なんだ。ティーンエイジの男の子が高校からドロップアウトしていく。女の子は少ない。説明がつかないんで困っているけど私には仮説がある。今63歳の私の世代のほとんどが学校を続けられたのは、辞めることの恐怖からだと思うんだよ。それをうちの息子の世代は持っていないみたいだ。

 ドロップアウトする子供たちはジェシーも含めてとても幼い感じがします。
 いや、違うよ。学校に行きたくないというのは、子供じみた行動ではないんだ。気が遠くなるほど退屈な教室で強制的に過ごさなければいけないことは、健全な独立心を持った若者ならば拒否したくなるだろう。ただ私の息子は多少例外的なケースで、落第することは、彼の自信をずたずたにすることだった。父親として彼を守る義務がある。だから辞めてもいいと言ったんだ。
 19歳で彼は学校に戻ったんですね。
 でも結局1年間しか持たなかった。とにかく学校がだめなんだ。これが病気でも何でもないと気づくまでに二年もかかってしまったよ。

 デヴィッドさんが10代のころとジェシーの違いは何だと思いますか。
 恐れの部分かな。私は多分学校向きの子供だったんだ。一生懸命勉強したし学校に行くことで成長した。でもジェシーは学校によって縮んでしまった。親として子供にできる唯一大切なことは、社会に送り出すときにきちんと自信を持たせてあげることだ。人生って何をやったって、結局つらいじゃない。
 デヴィッドさんのお父さんもそういう育て方をしたんですか?
 全然そんなことはない(笑)。伝統的な日本の父親みたいな男。母親はね、愛情にあふれ、子供が自分は宇宙の中心にいるんだと思わせてくれる人だった。父親は40年以上も前に亡くなったけど「愛している」と言われたことがない。でも母親の愛情は十分もらったから何も問題を感じていない。母親も亡くなって久しいけれど、ジェシーを間接的に救ったのは私の母かもしれないな。
 お父さんと映画を見たことは?
 ないない。だって彼はたった9歳だった私に「ゴルフ行くか」って誘ったんだよ(笑)。彼は息子が何を必要としているかを理解できずに死んでしまった。この話は初めてするんだけど、15歳のとき、父親は私を寄宿舎のある軍隊のような学校にたたき込んだんだ。真夜中に学校を抜け出し4000マイルをヒッチハイクして帰ってきたのさ。そのことで父は死ぬまで私のことを恐れていたようだよ。

子離れはむずかしい ……

 デヴィッドさんはいつの段階で子離れをしたと思いましたか。
 「フィルム・クラブ」が終わったときに、彼は親離れをし同時に私も子離れをしたと思う。18歳ぐらいから彼は一緒に映画を見ることを必要としなくなっていたね。ただ彼がやめようと言ったことは一度もない。19歳になったとき、彼は行動の許可を父親から受けることに疑問を感じたらしいんだ。強烈な個性を持った父親を持つ息子にとって私は後ろにいつもいるお化けみたいなものなのかな。とにかく何事にも熱すぎるんだ。これは両刃の剣で、一方で私を怖いと言いつつもう一方ではその恐怖心で警察の厄介にならなくて済んだって思うんだろう。

 お父さんの羽の中で安心し、少しずつ顔を出してちょっと痛い目に遭い、帰ってきてますね。
 まだやってるよ(笑)。親としての仕事は死ぬまで続くんだろうね。
 だから親が亡くなったときは喪失感が大きい。
 そこはあえて違う意見を言いたいな。17歳で父を亡くしたけれど、本当に安心したんだ。近所のいじめっ子がいなくなった感じかな。反対に母親のときは巨大な悲しみが襲ってきた。母親と最後に会ったとき、別れ際になんて言ったか覚えていないんだ。なぜその瞬間を思い出せないんだろうと何年も苦しんだよ。
 本の中に「人は怖い人間をいつしか憎むようになる」と記されています。
 だから父が亡くなったときに悲しいと思わなかったんだろう。心配していたのは、威厳を持って接することで私を憎むようになるかもしれないことだった。

 本当は私の方が子供じみていたんだろう。彼はまだ19歳で子供さ。私は50歳を過ぎていたんだから自己を律するべきだったんだよ。暴力を振るったことは一度もないけれど私には人を言葉で傷つける才能があるから、たまにやりすぎちゃうんだな。
 でもジェシーが口をあけて物を食べることへの怒りは大変面白かったです。
 だって息子を世の中に送り出すに当たって、口をあけたまま食うことを許すわけにはいかないじゃない。おもしろいことにその嫌な食べ方を彼は改めたんだ。なぜだと思う? この本を読んだからなんだよ。汚らしい食べ方のシーンを読んでから、それ以降一回もしないんだ。

 ジェシーの恋の話はステキです。だいたいレベッカみたいな、きれいで周りからちやほやされる頭のいい女の子なんて、性悪なやつしかいませんよ。
 本当に息を飲むほど美しくて、性根が悪い女だったなあ(笑)。でも、レベッカは息子に多くの教訓を授けてくれたよ。セックスは代償を伴うもので、それは先払いか後払いかの違いだけだ、とかね。不思議なことに息子に惚れてくる相手って、なぜか優等生が多いんだ。彼は夕方の五時にパジャマでふらふら歩いているような男なのにね。多分女の子はやんちゃな男の子が好きなんだろうな。
 古今東西、アウトローに憧れるのは女性の宿命ですからね。
 彼は本物だよ。アウトローでしかも料理ができる、もう完璧。多分女性を惹きつけるのは宿命かな。

 それはデヴィッドさんも同じだったんじゃないですか。もてたでしょうし。
 まあね。そんなにルックスがよくないのに女性にはもてたな。理由は母親の愛情を十分に受けて育ったからだと思うんだ。ジェシーも同じで、彼の母親も神様のように大切に扱っていたからね。彼は愛されたいと願えば、必ず愛されるんだ。自己実現する予感みたいなものが備わっているようなのさ。これは母親の愛情のおかげだと思うよ。
 でもあの3年間はお父さんといた方がいい、と判断されたんですね。
 ティーンエイジャーの男の子が本当に必要なのは父親と一緒に過ごす時間だ。でも現実は一緒にいたくないか、仕事が忙しくて一緒にいられないかのどっちかだ。だから友達の中で一番強い個性の男を見つけてまねをする。

 その時期に半分失業中で家にいたことはラッキーだったんですね。
 半分じゃなくて、完全に失業してたんだよ(笑)。自分の人生、失敗したなと思ったよ。テレビ番組は首、出版社との契約はキャンセル。今だから冗談めいて言えるけど、50歳にもなって朝起きて仕事がない、あてもないっていうのは絶望的だった。
 その姿をジェシーが見ていますね。
 その時は息子が自分の面倒を見てくれたんだ。逆じゃないよ、本当に面倒を見てくれたんだ。実に感動的だった。

 日本の場合も、ある日気がついたら、息子がドロップアウトしていたと悩んでいるお父さんは多いでしょう。息子と一緒に見るべき最高の映画を教えてください。
 『ゴッドファーザーPARTⅡ』(笑)。二本目も『ゴッドファーザーPARTⅡ』だ。時代を超えた父と子の最高の物語だよ。

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