ご存じ三菱グループを創った岩崎弥太郎にはじまり、知る人ぞ知る優れた建築家であり、メンソレータムの近江兄弟社を興したヴォーリズまで、明治時代に活躍した48人の企業家についての図説集である。いいかえると、ふんだんな写真がちりばめられた48人の簡略な伝記集でもある。そう、伝記読みには何ともそそられる本なのである。
こういうオムニバス形式の本というのは、拾い読みにはいいいけれど、なかなか通読しにくいことが多い。しかし、この本はちがう。鴻池、三井、住友のように江戸時代から富を持ち越した家柄もあるが、ほとんどが、社会の大変革期の後、起業家から大企業家になった人ばかり。それだけに、なんといっても、登場人物の人生が波瀾万丈で抜群に面白い。読み始めると、ずるずると最後まで読み通せてしまうのである。
ストーリーだけではない。肖像写真もたまらなくいい。当然のことながら、名をなした後、かなりの年齢に達してからの写真がメインである。書かれている伝記を読んで肖像写真を見れば、誰もが、年齢を重ねると、人生そのもの、そして、人生の集大成としての人柄が、次第に顔に刻み込まれていくものだという印象を持つにちがいない。
通して読んでみると、意外なことに気づいたりする。一つは、大都会ではなく、地方出身者が多いこと。ある地方から出世した人が出ると、その人を頼って人が寄るということもよくあったようだ。明治時代は今よりもダイナミズムが大きく、立身出世を目指す若者に門戸が大きく開かれていたのであろうか。また、福澤諭吉が多くの人に影響や援助を与えているのも印象的だ。
明治時代のこととて、岩崎弥太郎や商都大阪を作った五代友厚のように50歳そこそこで亡くなっている人がいる。しかし、三分の二以上が70歳以上まで生きており、大倉喜八郎、渋沢栄一、御木本幸吉、蟹江一太郎(カゴメ)、正田貞一郎(日清製粉)、のように卒寿を超えて生きた人もいる。やはり功成り名をあげるには、健康と長寿が必要なのだろう。
なかでも大倉喜八郎はすごい。90歳で没する前年まで「大倉財閥のトップとして君臨し、愛人を別邸に住まわせ、80歳を超えて二人の子を得ている」のである。それだけではない、米寿で、「自分の所有地の一番高い所に登りたい」との思いから、持ち山(!)である赤石岳(南アルプスにある3千メートル峰…)の山頂に立ったというのであるから、どんだけぇ~(早くも死語)である。
もう一つずんずん読み進めてしまう理由は、おもろい小ネタ的エピソードが満載されていることだ。ヤンマーは、豊かな農村の象徴として「トンボ印」を商標にしようとしたが、すでに登録されていたため、「いっそトンボの親玉であるヤンマにしたらどうか」というのでヤンマーになった、とか、花王は「顔」に由来していてトレードマークも顔である、とか、「ライオンなら牙も丈夫だし、歯磨きの商標としてうってつけ」だからライオン、とか。どうでもいいけれど、読んでいると、意味もなく楽しくなってくる。
最後に、HONZのメンバーが日頃お世話になっている丸善の創業者早矢仕有的(はやし・ゆうてき)がとりあげられていることを、HONZを代表して敬意を示して付け加えておきたい。ハヤシライスの考案者ともされる有的は医師でもあったが、自分の子供を解剖してアルコール標本にして医学に供したというのだから、ちょとこわい。しかし、明治時代は、ほんとにいろんな人が、いろんなベクトルを持ってダイナミックに活躍していたことだという認識を新たにさせてくれる話である。