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こんにちは。栗下直也です。先週、日本はノーベル賞一色でしたが、HONZもかつて仲野徹がレビューした『大村智ー2億人を病魔から守った男』が再読され、お祭り騒ぎでした。今週の編集者のワンコイン広告はその『大村智~』の編集者が登場です。敏腕編集長、内藤順、イケると思ったら動きがはやいです。
内藤と言えば、少し前になりますがHONZについての考察を『Journalism 9月号』に「ノンフィクションで世界をハックする 〜書評サイトHONZの挑戦~」というタイトルでネット書評の役割について寄稿しておりました。
地位は人をつくるのでしょうか。かつてはレビューでキリンの等身大フィギュアをすすめていたり、ケーキを今でも一日一個食べると勝手に甘党宣言したりしていましたが、とても同じ人物とは思えません。(ちなみに、キリンの等身大フィギュア、送料込みで69万円にもかかわらず、14日午前10時30分現在、在庫切れ。消費増税の影響を差し引いても、内藤が紹介したと時に比べて、値上がりしているのに大人気)。
内藤の昔のレビューを振り返ったことで、実力派女優に転進したアイドルの昔の水着姿を晒したような気まずさが若干ありますが、これも全て内藤順への私の憧れのあらわれです。たぶん。
内藤の論考に感化されたと書いている私ですが、昨日購入した本は『ホームレス・スーパースター列伝』。全く感化されたあとが見られないのは気のせいでしょうか。「HONZの挑戦」のメンバーから戦力外通告される日も迫っているかもしれません。ホームレスのお家探訪や愛車(改造リヤカー)紹介も面白いんですけどね。今週もメルマガスタートです。
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本書『大村智――2億人を病魔から守った化学者』は、2012年2月に刊行された。今回、北里大学特別栄誉教授の大村氏が2015年のノーベル医学生理学賞を受賞したことで改めて注目され、現在、万単位の重版が続いている。とはいえ本書は、受賞報道以前にも3刷まで進んでおり、学術書単行本ではスマッシュヒットとなっていた。この HONZレビューでの紹介 が後押しの一つになったことはいうまでもない。
本書の魅力はなんといっても、大村氏のズバ抜けた個性と実績があますことなく描かれている点であろう。かれはエリートではなく、まさに雑草だった。地方の大学を出て夜間高校の教師(物理・化学のほか体育教師も兼任)を務めるなかで一念発起、社会人大学院生となって刻苦しながら実績を積んでいく。
のち北里研究所に入るが、最初は授業後の黒板ふき係などもやって下積み生活をし、しばらくは秦藤樹所長のいわば助手として修行の身だった。大村氏は早朝の6時には出勤して秦所長の論文を清書、実験の準備などの段取りを完了して、職員が出勤する9時にはもう一仕事を終えている、という研究所暮らしを続けた。そうした地味な存在から、人並み超える努力をくり返すことで学者として大成していくドラマは圧巻であり感動的だ。
大村氏が発見した抗生物質はオンコセルカ症、リンパ系フィラリア症など重篤な熱帯病を撲滅寸前まで追いやり、多くの人の命を救った。それだけではない。大村氏が関わって発見した化合物は500近くにのぼり、そのうち26種類が医薬、動物薬、研究用試薬などとして実用化されているのだ。かくして大村氏はノーベル自然科学三賞のうち、対象となるジャンルが広く最も受賞が難しいとされる医学生理学賞の受賞者にまで駈け上がったのである。特異な研究者人生を歩むなかで、学者として強烈な存在感を放つようにまでなった大村智氏の実像に、本書は縦横な筆で迫っていく。
大村氏にあるのは学者の顔だけではない。かれは国際的な産学連携を世界に先駆けて主導し、約250億円の特許ロイヤリティを研究現場に還流させた実績を持つ。これは今後もそう簡単には破られない成果であろう。さらに大村氏は、独学で得た財務知識をもとに北里研究所を立て直し、新しい病院を建設したすぐれた経営感覚の持ち主でもある。このような面にも本書は筆が及んでいて、ビジネス書的な面白さも充分である。
さらにまた、大村研から輩出した教授が31人、学位取得者は120人余りという数字が示すように、大村氏は教育者としても一流だといえよう。加えて、趣味の域をはるかに超えた美術・絵画への造詣の深さが、研究者人生に独自の光輪を放っている。
大村智氏はまさに八面六臂の活躍をしてきた人物。人生も波瀾にとんでいる。その複雑で巨大な肖像を、丹念な取材をもとに描いたのが本書なのである。
どうして大村氏はかくも幅広い実績を成すに至ったのか。それは独特の「研究勘」があったからだ。昭和40年に29歳で北里研究所に入所した大村氏は、早くから研究成果を国際的にアピールしようという考えがあり、論文をすべて英語で書くと決めていた。これが最初の「研究勘」である。抗生物質の単離から構造決定の仕事に打ち込み、次々と成果を出せたのは、夜間高校の教師時代に通った東京理科大学大学院で、核磁気共鳴(NMR)を応用しての構造決定研究もしてきたからであった。その知識とスキルが大いに役立ったのだ。これも「研究勘」だといえる。
大村氏のことばに次のものがある。
他人が見つけた物質の構造決定をしているのは、物を発見するという苦労をしないできれいごとをしていることではないか。物を見つけることがいかに大変かは他の研究室を見ていたので分かっていた。自分も泥をかぶる研究をしなければならないと思った。
ここでいう「泥をかぶる研究」こそ「ものを見つける研究」のことであり、大村氏は実際、地道な取り組みによってイベルメクチンを発見し、それ以外にも、抗がん剤開発の基礎となるスタウロスポリン、ラクタシスチン、トリアクシンなどを次々と発見していく。世界初の遺伝子操作による新しい抗生物質もまた創製し、動物に投与する抗生物質を開発した。これらも大村氏の先を読む独自の「研究勘」が背景となっている。
本書は、人並み外れた努力のほか、こうした「勘」の鋭さに、大村氏をして巨人研究者に成長させた大きな理由を見いだしている。「研究勘」について説得的に描けるのは、著者馬場練成氏が、理科系の大学を出たあと新聞社の科学記者を長年勤めてきたことが大きい。馬場氏の浩瀚な科学知識、大村智氏自身をはじめ広範多彩な学者との長年の交流、難しい科学の世界を一般にわかりやすい表現で伝えられる筆力、これらがすべて溶け込んで魅力的な著作、本書『大村智 - 2億人を病魔から守った化学者』は世に登場することになったのである。
ノーベル賞受賞によって本書に再び光が当たるようになったことは、担当編集者として大いに喜ばしい。本書は面白いうえに、示唆に富む本である。幅広い読者のみなさまに関心を持っていただき、手に取ってくだされば何より有り難いことと思う。
※本稿は『大村智』のほか「週刊東洋経済」収録の馬場氏の文章を参照しました
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